Extra ラスト・ゲーム 2回裏




2回の裏。砂川町アローズの攻撃も4番から。
4番でポジションキャッチャーというところもヒデと同じだ。
パシっと、マウンドに立つトーキチが自分のグラブにボールを投げ落として、バッターボックスに入った相手の4番打者を凝視する。

――――ちっくしょーでけえな。

トーキチは思う。
最近ヒデはちょっとだけどトーキチを追い抜きそうな身長の伸び具合。
トーキチは157cmだ。あと伸びてもせいぜい1、2cmだろう。
バターボックスに入ってる相手は170cm近い。
身長があると自然とリーチも長い。
得意のカーブにも、躊躇いもせずに振ってきそうな、そして当たりそうな気配だ。

「プレイ!」

初球は速球ストレート。これを外角に。これなら、ヤツは振ってくる。
これを抑えたら、仕返ししたって気になる。

――――得意そうなコースで空振りしやがれ!

スパアンとボールはミットに届く。
「ストライク!」
相手はスイングしているが、トーキチの球速が勝った。
2球目も同じコースを狙うが、コース的に少し外れてボールのカウントを取られた。
1ストライク1ボール。
ヒデはまた同じ場所に要求する。よっぽど悔しかったんだなとトーキチは思う。
とりあえず、リード通りにトーキチが投げるが……。
カキーンという快音と共に、グラウンド上空に白いボールが上がる。ボールはフェンスを越えた。

――――ホームラン!

先取点を獲られた。
相手ベンチは湧きあがる。「コースケ! ナイスホームラン!」とベンチから声を揃えて、ダイヤモンドを一周する4番に声をかける。パチパチと拍手も送られる。
ダイヤモンドをガッツポーズで一周して、ホームベースを踏んだ相手4番を見て、トーキチは深く深呼吸をする。

――――ヒデは悔しいだろうな。本当はこのシーンを自分がやりたかったんだから。

ノーアウトで先取点。
さっきの回のヒデのくやしそうな表情を思い出す。
審判がボールをヒデに渡して、ヒデがトーキチにボールを投げる。
投げて寄越したボールに、ヒデの気持ちが現れているみたいだった。

――――後を抑えようヒデ。もう1点もやらない。

次の打席になる。カキンとまた打たれたが、ファール。そしてカーブで1度ストライクを決める。
しかし3球目と4球目を見送りボール2−2になった。
そこへ内野安打で一塁。
1点をとられたあと、ノーアウトで一塁。
ベンチから盗塁に気をつけろのサインが出る。
トーキチは次の打者をカーブ、ストレート、ストレートで、三球三振に打ち獲る。
そして、三球目のストライクをキャッチしたヒデは一塁に牽制球を投げる。
一塁ランナーは慌てて一塁に戻る。
ギリギリでセーフ。

――――サインわかってても、ヒデからの牽制球は力あるからびびっちゃうぜ。

牽制球を受けた岡野はそう思いながらボールをマウンドにいるトーキチに戻す。
最近、ヒデからの牽制球を受ける時、球威と球速があるなと岡野は思う。
下手をするとトーキチの牽制球よりもボールが重たいと感じる時がある。
ヒデが最初、キャッチャーになりたてで、この練習をしたとき、コントロールの悪さに岡野は呆れたが、最近は眼を見張るものがある。
それは岡野だけじゃなくて内野手全員が思うところだった。

――――トーキチとキャッチボールしてるからかな?

トーキチのボールコントロールは、卒団した小柴先輩も、賞賛していた。
そんなトーキチと毎日のようにキャッチボールしていれば、自然とコントロールもよくなるのだろうか。
ヒデの牽制球に臆したのは、岡野だけでなく、一塁にいる相手ランナーの方だ。
リードがさっきよりも短い。

――――これでトーキチも次を抑え易くなんだろ。

次のバッターは初球カーブでストライク。
外角を得意とするか、躊躇わず振りまわしてくる。

――――いくらが外側得意でも、そうそうトーキチのカーブを捉えられるかよ。

トーキチの状態を見る為に、少し速いけれど、パーム投げて寄越せとサインを送る。
トーキチも素直に頷いた。
チェンジアップ。
カーブやストレートのスピードに慣れた打者にはタイミングをはかるのが難しい。
スイングは速すぎて、ツーストライク。
そしてその後、速球ストレートを内側に投げさせて三球三振。
「ツーアウト! あと一つ!」
ヒデが声を上げた。
「おう!」
野手のメンバーが一斉に返事をする。あと一つでチェンジだ。
バッターが入る。
構えたら、トーキチはカーブを投げる。
バッドを擦りぬけて、ヒデのミットに収まる。

「ストライク!」

――――あと二つだ。はやく終らせたい。

最初のホームランのせいだったなとトーキチは思う。
1点とられたのを、このニ打席中すっかり忘れていた。
一塁のランナーのことも気にならかった。
これはヒデの牽制球に感謝だなと、トーキチは思う。
あれでランナー萎縮してリードが小さくなってしまったのだから。

――――ヒデ、あんた、やっぱ、ピッチャーやりたんだろ。

キャッチャーボックスに座る、幼馴染の表情はマスクで読めない。

――――どんなにプレッシャーかけられても、ここに立ちたかった。立つ為に、虚勢も張った。

だから感情的で優しいヒデに、この場所は、少しキツイんじゃないかなと思う。
確かに、勝てばいい。
でも負けたら一番に目立つのポジションなのだ。
相手チームからは舐められて、自分のチームからは叱責がくる。
トーキチの傍にいるヒデはそれを目の当たりにしてきた。

――――それでも、云うんだよな。マウンドに立つピッチャーはかっこいいって。

「ストライク!」

――――あたしもそう思う。

「後一つだぞ! トーキチ!」
「打たせてけ!」
「バッチコイ!」

――――ヒデは、いつか、この場所に立つんだろうか?

自分にはもうできないけれどヒデにはこの先も、野球ができる。

――――ちょっと見てみたい気がする。

トーキチはマウンドに立つヒデを想像してみたがあまりピンとこない。
が後年、このピンとこない想像が現実になるのだ。
外側のストレートをカキンと音を立ててスイングした。
ボールは青空にむかってフワっと浮く。トーキチはマウンドから降りて走り込んだ。落下地点を推測して、グラブを構えると、ボールはグラブにストンと落ちた。

「アウト! チェンジ!!」

「ナイキャッチ。トーキチ。よく零さなかったな」
ヒデはマスクを上げて、トーキチに笑いかける。
「おい、あたしを誰だと思ってんのよ」
「オレ等のエースだよーん」
ヒデはそう云うとガチャガチャと防具を鳴らしてベンチへ走り始めた。