リトルリーグ・リトルガール キャッチボール・プレイボール5




「というわけで、監督2人制の態勢でやっていきますので、よろしくお願いします」
梅の木ファイターズとの練習試合から1週間が過ぎ、本格的に透子は墨東エンジェルスの練習グラウンドに顔を出した。
少年達は憮然とした表情だ。
せっかく若い男の監督でようやく野球らしいカッコになってきたのに、2人制というのはまだいいが、それが女の監督というところが納得できないのだろう。
「なんだよ、君たち〜その顔は〜」
中谷ののんびりした声に促されて、キャプテンらしい少年がいう。
「だって……女の監督……」
透子は苦笑する。
云われるのはわかっていた、父母会の親もいい顔していない人物だっているに違いない。
「君は、女の監督だから、問題だと? じゃあ、女の監督のノックを取る自信はあるし、女の監督の投げるボールは打てる自信があるんだ」
中谷は言う。
「よーし、とりあえず、シートノックからやってみようか、この藤吉監督代理から、キャッチできなかった人はグラウンド10周」
「えー」
「投げるボールを打てなかった人はさらにグラウンド10周」
「じゃあ、じゃあ、捕って打てたら?」
「もんじゃ焼きを奢ろう」
透子がいうと。子供達は俄然やる気を出してきた、やはり育ち盛り、食い気には勝てない。
「しゃあ! ポジション散ろーぜ!」
「おう!」
子供達はグラブを持って、ポジションへ散っていく。

中谷はベンチの方へ戻る。
ベンチには美香と、今週の父母会の当番の人が両親揃って、参加してくれていた。
「監督さん、本当に大丈夫なんですか? あの人」
戻るなり、中谷は保護者に尋ねられる。
透子は見た目、身体は小さいし、中谷が口添えしても不安になるだろうとは思う。
「大丈夫、あの人、男だったら、多分僕よりも野球上手いですよ、カーブとチェンジアップが素晴らしいんです」
「ピッチャー?」
「変化球投げられるんですか?」
「子供の頃、リトルにいたそうです。高校も―――――途中から打撃投手っぽいことしてましたし」
「東蓬で!?」
「僕がそういっても、納得できないでしょうから、まあ、見ていてください」
中谷の言葉を遮るように、金属バットがボールを当てる音がグラウンドに響き始めた。

結果、守備はイイカンジに捕球でき、子供達は「もんじゃ」コールをはじめたが、そのコールは、打撃練習になると消えていた。
球威がないとはいえ、変化が激しいので捕球は中谷がする。
透子の投げるカーブを、誰一人、打つことはできなかった。
「中谷監督、守備はしっかりだけど、打撃まではいきとどかなかったんだ」
マウンドから降りてくる透子を子供達は驚きの表情で見ている。
「さて、当初の約束通り、グラウンド10周!」
透子がいうと、子供達はブーイングを飛ばしながらも走り始めた。
その様子を透子は微笑ましく見つめる。
「カーブ健在だねー素晴らしい!!」
「1週間自主トレした甲斐があったってもんです、だけどほんと守備はいいよーさすが名セカンドの指導力」
「いやいや」
「藤吉監督」
「は、はい!」
保護者の方から声をかけられて。透子はドキリとする。
「すごいです、中谷監督が推薦するだけありました。今後ともよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「本当はこのエンジェルス、保護者も子供も、なんか下手の横好きがあつまったチームで、メンバーだって、ギリギリ9人、出れば負けのチームでした。最近練習試合でもなんか勝てるようになって、それは中谷監督のおかげなんだと思ってたんです。だから、2人制なんてちょっと不満だったのが、正直なところなんです」
小学生と変わらない体格の女性が監督代行では、不安はわかるので透子は頷いた。
「わたしも、できること少ないですが、お手伝いさせてください」
そういって頭を下げると保護者の人も頭を下げる。
「それで、どうする。藤吉さん時間もあと少しなんだけど」
「終ったら、キャッチボールと柔軟で終らせようか」
「僕、今日はここの近くのもんじゃ屋に予約いれてるから、そこで子供と親睦会でもしましょう」
子供達が喜びそうだなと透子は思った。



「明太子は崩してからいれよーねー、房ごっそり鉄板の上に乗せると弾けるよ」
透子が子供達のもんじゃを焼きながら注意を促す。
「はあい。わかってまーす」
練習当初とはうってかわって、いい返事だった。
「ここキャッチャーの和樹の家なんだ」
中谷が言う。
村瀬和樹は線の細い、女の子のようなおっとりとした雰囲気の少年だ。
「藤吉監督詳しいですね」
和樹が声をかける。
「あたしも下町育ちだし、やっぱりもんじゃを良く食べたよ、練習後に」
「へー」
「藤吉監督はリトルにいたんですか?」
「先週君達が試合した、梅の木ファイターズにいたよ」
「梅の木ファイターズ!」
子供達が一斉に声を揃えて叫ぶ。
「すっげー!」
「それを早くいってくださーい!」
「荻島選手いたんでしょ!?」
美香と中谷がドキリとする。
子供の無邪気な質問に透子はさらっと答える。
「いたよ、当時はキャッチャーだった」
「えええ!」
「ピッチャーじゃなかったんだ!」
「荻島選手はシニアにいってピッチャーやったんだって。いろいろと自分にあうポジションを見つけていたんじゃないかな」
「そーなんだー!」
その様子を見て、自分達の方がナーバスになっている感じだと思う美香と中谷だ。

―――――それとも、やっぱり、透子は自分で野球に関わっている方が、強くいられるのかな。

「中谷監督~、それで、どっちが彼女なんすか〜」
センターの森嶋が尋ねる。
へらでもんじゃを口の中に押し込みながら、子供達は中谷に注目する。
「こっち」
透子が美香の右手を上を持ち上げると、子供達はわあっと囃し立てる。
美香はあまりの突然ことでびっくりして声も出ない。
「よかったねー監督、可愛い彼女ができてー」
「今回は長続きしそうだよね」
「今度の彼女は付き合いよさそーだよ」
「そだなー。試合のたんびに携帯鳴らして、『あたしとリトルリーグどっちが大事なの!?』とか詰め寄らてたもんねー」
「理解ありそうでよかった」
子供達、見るべきところは見ているようだ。
中谷はぐうの音もでない。 
透子と美香は堪えきれずに笑い出す。
「苦労してたんだ……中谷君」
「うん、だから見捨てないで」
ほぼ投げやりに中谷が呟くのを見て、美香は「任せておいて」と呟いてにっこりと笑った。
が、子供達はここで終らない。
「じゃあ、じゃあ、藤吉監督は―――――?」
「彼氏は―――――?」
ニヤニヤしている子供達の顔を見て、透子ははっきりという。
「最近できたよ」
美香も中谷も透子を見る。
「しかも。特定多数」
「えー!」
「誰ですかー!」
「特定多数って何―?」

「彼氏は9人」
透子がいうと、子供達はキョトンとする。

「毎週日曜、グラウンドでデートだ。嬉しいでしょ、キミ達。年上の彼女ができて」
一斉に子供達がブーイングを飛ばす。
「うえー!」
「なんだよそれー!」
「勘弁してよ。オレ、年上ダメなんだよ!」
「えー、ぼくはOKだよ」
子供達の声と、もんじゃのソースが焦げる臭いと、湯気に包まれて、透子は久しぶりに気持ちが満ち足りていると実感していた。