リトルリーグ・リトルガール 白球少年 7




――――――――ヒデに会えたら、ホントはホントは好きだって云おうと思った。

小学生の頃のあたしが、今のあたしに向って叫ぶ。
その瞬間携帯のアラームが鳴る。
あたしは携帯を握り締めて、夢から醒めた。
先日の宮城野先輩との会話でこんな夢を見たんだな。

「あーあー」

言葉にすると、思い出が溢れてくるもんだな。
そして涙も溢れてくる。
だめだ。だめだ。
別にヒデを思ってるから泣けるわけじゃない。
朝起きて欠伸をしたから涙が流れてくる。そうだ、それだけのことだ。
顔を洗って、バイトに行こう。そのあと学校。
GW中の自主練習だ。
念入りに洗顔したら、アイメークは少し力を入れてやろうと思った。



バイト先はレンタルビデオショップ。
あたしの目的はビデオじゃない。ビデオはあんまり興味ない。
CDが目的。
新譜が入ってくるのはわかるし、気になるCDもすぐに借りることができる。
BGMを流しているので黙々と作業がこなせるところもいい。
ただ……。
カウンターに立っていると、スッと差し出されるビデオのパッケージ。
思いっきり肌を露出した女性が前面に出ているタイトルもソレ系の……そうアダルトビデオである。パッケージからテープを取り出して、クリアケースとバッグに納める。
こういうのも取り扱わないとならないのだ。携帯代の為とはいえ、こういう瞬間は切なくなる。
しかも。あたし、終業時間なのよ、1時からの人がまだ出勤してないのはなんでよ。10分残業してるじゃん。
「380円になります」
事務的に云ってお代を受けてつり銭を渡す。
なんかこればっかりは地味にメンタル面がへこむのよ。
溜息をついていると、CDを2枚カウンターに差し出された。
「250円になります」
バーコードをスキャンして、レンタル店のバッグにCDをしまい込む。
その時、ようやく交替の人が入ってきた。
「ごめーん……藤吉さん」
接客が終ったら交代してと、目で訴えてみるけど、わかってくれるかしらこの人。
金銭授受を終えて、カウンターからでると、CDを借りたばかりのお客があたしを見てた。
見た目は高校生で、ちょっとインテリっぽいカンジ。フレームレスの眼鏡がそういう印象を与えるのかもしれない。
視線がぶつかったので、とりあえず「ありがとうございました」とはいっておいたんだけど、その人は声をかけてきた。

「藤吉さん―――藤吉透子さん?」
「……はい?」
声をかけられてあたしは振りかえる。
「俺だよ。小柴。トーキチだろ?」
「え?」
あたしは立ち止まって、彼を見上げる。
「ええええ。ちょ、え、小柴さん!? え、うわ。マジ?」
小柴さんは、リトルリーグであたしの前にピッチャーのポジションにいた人だ。
この目の前にいる彼は、そんな体育会系の雰囲気は微塵もない。
なんだか今年は懐かしい人物にばったり会うなあ。
「そう。ここでバイトしてたんだ?」
「はい、お久しぶりです。えー」
「今、あがり?」
「そうなんですよ、今から学校で」
「GWなのに?」
「部活なんです」
「わかった。ソフトボールだろ!」
……そうだよね。普通はそういくよね。
「いえ、吹奏楽部です」
「……」
小柴さんは、肘を壊して、リトルを辞めた人だ。
女だから辞めました〜なんていうあたしを良くは思わないかも。
どうせなら、とことん、やってみろとか思っていたのかもしれない。
意外そうな表情を隠さないから、ほんと、すいませーんなカンジになる。
「そうなんだ。お時間あるなら、お茶しません? そこのファーストフードでよかったら。小柴さん、あたし今年はもう一人、元梅の木ファイターズのヤツと再会してるんですよ」
小柴さんは柔らかく微笑んで、待ってるよといってくれた。

「ネームプレートで、藤吉って書いてあったから、懐かしい苗字だなーとは思って。まさか本人だとはね」
「本人でした。小柴さん学校は今どこですか?」
「城東」
「え―――――いいなあ。あたしもそこ受けたんですけど、落ちました受験日に盲腸になって」
「それは、残念だったね」
「で、今は東蓬です」
「東蓬……って……春の選抜の」
あたしは頷く。
「マウンドにいたのはヒデですよ」
「荻島―――――やっぱり、あれ荻島だったか」
「そう。ちょっと想像できないですよね、あのヒデですから。あたしもスタンドで応援してたんですけど、ほら吹奏楽部だから……でも、現場で見ても別人みたいでした」
マウンド降りて制服着ていると、ヒデはヒデだなって思うけど。
ユニホーム着てマウンドに立つヒデは、なんだか全然知らない人みたいだった。
「でも、相変わらず、仲良しなんだな同じ学校だなんて」
「気がついたのは今年の春先なんですよ、全然気がつかなくて。ほんと偶然なんですよ」
「どういうことだ?」
「あ、あたし、中学は梅の木中じゃなくて、別の中学に行ったんです。梅の木団地から引越したんで。だからヒデとはそれっきり会ってなくて。今年ばったり再会」
「……そうか」
「本日。小柴さんにも、再会。ヒデに云ってやろう」
「サイン貰ってきて」
「云っておきますよ」
絶対、あいつ「勘弁してえ」とか云うよ。
「藤吉は、てっきり野球部のマネージャーか、ソフトボール部でピッチャーやってると思った」
だよね、普通はそう思うよね。
だけどさ、なんていうか、自分で思いきったのに、ソフトボールとかやると、ちょっと諦めきれないのがみっともないって気がして。
「楽器を弄ってみたいなって思って」
「?」
「ほら、小学生女子は普通ピアノとか習うもんでしょ。やっぱりなんかやってみたくて」
「そうか」
「スポーツで球技ならバレー。バスケ。テニスが妥当で、リトルリーグはね……」
「まあ、少数派か」
「それに。アンダースロー苦手なんです」
ボールの大きさも違う。
「確かに、俺も苦手だった。アンダースロー」
「小柴さんのオーバースローは豪快で、ストレートが速くて羨ましかった」
「……見た目と違うからな、相手も油断してくれてたよ。藤吉のピッチングは本当に打たせて捕るから、野手もハリキリ甲斐があったと思う」
「ですかね」
「荻島は―――――凄いな……あれは」
「……」
「藤吉は、ヤツがピッチャーになるべきだとは思わなかった?」
「ヒデはピッチャー向きですよ。性格的に。だから、バッテリー組んでいるときはちょっと後ろめたい気持ちだった。あたしが我を通してるなって」
「でも、本来それがピッチャーだから」
小柴さんはクスクス笑う。
そういうと、携帯が鳴る。先輩からだ。やばい。
「いいよ、出なよ」
「ごめんなさい」
先輩も今日は遅れるらしいというメールだった。
あたしはこの場で手早く残りのバーガーを口の中に入れる。
「呼び出しでした、先輩が遅れるからできるだけ早めにガッコに行かないと」
「そうか」
「あたしが呼びとめたのに、スミマセン」
「いいや、楽しかったよ」
小柴さんは、あたしの分のトレーまで一緒に片付けてくれた。
店の前に出ると、小柴さんにもう1度、スミマセンと謝る。
「イイって、藤吉が覚えててくれて嬉しかった。まだ、バイトは続けるんだろ?」
「はい」
「じゃ、また会えるかもな」
「はい! じゃ、失礼します」
あたしは回れ右をすると、駅にむかってダッシュした。
小柴さんが見送ってくれてるのも気がつかないで。