リトルリーグ・リトルガール 白球少年 3




心臓がドキンとする。
コメカミのあたりキュウっとして、頭から顔の方まで熱くなるのがわかる。
――――――て、緊張しすぎだ。
やっぱ、同姓同名の別人でした〜の結果なら、バッカじゃないか?
いやいや、同一人物だったとしても『ヒデ』だ。
あの『ヒデ』に、なんでこんなに緊張するの。
確かに5年は離れていたけど。

「おーい、荻島くーん」

美香が手を振る。
ロードワークから帰ってきたレギュラー陣は、グラウンドのベンチへと向いはじめる。
その中で一際長身のユニホームを着た人物が美香とあたしの方にやってくる。
……て、てか、ヒデじゃない。ヒデじゃないよねっ!?
遠目から見ても180センチは越えてるでしょう?
ヒデじゃない、ヒデじゃない、ヒデはあたしよりもちチビだった3センチぐらいはチビだった。

「何、マネージャー?」

声が、低っ!
違う違う、いや確かに掠れ声だったよ?
変声期入ったかなって時だった、最後の試合の時は……。
いや、だから違う、違う……違う……。
何だかあたしは後ろを向いたまま硬直していた。

「透子、何、後ろ向いてるの、あ、荻島君、あのね、この子ね吹奏楽部の子。透子ったら、ほら」
美香がフェンス越しに手を伸ばして、あたしの肩を掴む
あたしは覚悟を決めて振りかえる。
見上げるほどに、背が高い。
あたしは彼を見つめる。

「……もう、吹奏楽部の、藤吉透子ちゃん。なんか荻島君の――――知り合いなの?」

彼は「なんだろうこの人」みたいな表情から、美香の説明を聞いて、だんだんと、「―――――まさか……もしかして……」な表情に変っていく。
その表情を見てあたしはもう、目をそらさずに荻島少年を見上げた。
その顔は―――――どこかでみている顔だ。
そうだ、ヒデの兄貴達の顔にどこか似ている。
ところどころパーツがちょっと違うけれど。
これは……間違い……ない……。

「ふじよしとおこ……て……藤吉透子って……」

野球少年はひらりとフェンスを飛び越えて、あたしの肩を掴む。

「トーキチか!!!!」

耳の鼓膜破れるかと思われるデカイ声であたしを呼んだ。
グラウンドにいる野球部員だって注目する。

―――――――トーキチ。

もう7年前につけられたあだ名。
小学校を卒業したら、誰もそのあだ名は使うことはなかった。

「トーキチ! トーキチなんか!?」
「デカイ声だな、もう、耳の鼓膜破れそうだ―――――……て、えーと、ヒデだよね」
「おう!!」
「久しぶり―――――――……」
「なんだよ! なんだよ! お前、なんでこの学校なんだよ! 野球か? やっぱ野球か?」
おいおいおいおい。
見た目が大人びてもぜんぜん中身変わってないぞ。
「うるさい、受験に失敗したんだよ」
「えー、マジで、オレなんてシニアで成績のこさなけりゃ、入れなかったぞ。東蓬」
「……そ、そうか……」
「なっつかしいなあ、おい! なんだかお前背が縮んだんじゃねーか?」
縮まない、お前がでかくなりすぎたんだっつーの。
あの小さかったヒデじゃないじゃん。
あたしの肩を掴むその手の大きさも力も、どこで手にいれてきた。コノヤロウ。
「何組だ?」
「へ?」
「クラスだよ、何組?」
「1―A」
「っし、オレ1−Fなんだ。明日、昼飯、一緒に食おうぜ、な? もうめちゃくちゃ喋りたいけど、オレ練習あっから」
「う、うん」
あたしがその気迫に飲まれて頷くと、ニカっと笑う。
その顔はやっぱどこか小学生の頃の面影があった。
またひらりとフェンスを飛び越える。
「じゃーなー」
手をブンブン振って、走り去っていく後ろ姿を見送って、あたしはその場にヘタリ込みそうになるのをフェンスを握ることで堪えた。
美香はボーゼンと走り去るヒデと、あたしを見比べる。

「透子……ホントに……荻島君と知り合いだったの?」

ええ。知り合いだったみたいです。
まごうことなきアレはヒデでした。

「説明は後で、メールする」

あたしは片手をヒラヒラさせて、音楽室へと歩き出した。
音楽室に到着すると、宮城野先輩に遅刻だバカモノと頭を軽くはたかれたけれど、やっぱりあたしの様子は変だったと思う。
この日から、部活の放課後練習は夜9時過ぎまで回るようになる。
本当に体育会系の部と同じ、または文化祭前と同じ雰囲気で部が運営されていくことになった。



「遅かったじゃない!」
自宅に戻ると、母がお玉を持って玄関先に立っていた。
「……」
「メールくれるのはいいんだけど、遅すぎ、帰りになんかあったらどうすんの」
「……」
「透子?」
あたしは練習と、あのヒデとの再会の一件で一気に疲れてしまって暫く声もでなかった。
「明日、早く出る」
「はあ?」
「朝練、いつもより、早くなる」
「なんなのよー」
「……お母さん」
「ああ?」
「あたし、甲子園に行くことになった」
「あんた、頭、大丈夫?」
あんたはとっくに野球やめてるんだよなんて呟く。
「大丈夫。野球部が春の選抜に出る。その応援で行くことになった」
その野球部にはヒデがいる。
これを云ったら、お母さんのリアクションはどうなるかな。
「そっかー、だから遅かったんだ。お腹すいたんじゃない? 早く着替えてきなよ」
キッチンの方に向いながら、「でもこれから遅くなるのは大変ねー」なんて声がする。
あたしは自分の部屋にもどり、のそのそとジャージに着替える。
そして、机の上にあるフォトスタンドを手にとった。
梅の木ファイターズのみんなとの集合写真。
真ん中に監督、その隣にあたし、あたしの隣にはヒデがいる。
昼間見たヒデと、写真の中のヒデを見比べる。
コレがああなるなんて、全然想像できない。
だけど、現実なんだ。
ヒデはやっぱりあたしよりも、野球が大好きだったんだな。
ずっとずっと、野球を続けてきたんだ。
フォトスタンドをいつもの定位置に戻して、オルゴールの蓋を開ける。
写真の他に思い出は、オルゴールの中に鎮座する、金ボタンだ。
卒業式の時、あたしが無理矢理ヒデからとったもの。
糸通しの部分を指で摘んで、ボタンの表面を見る。
金色のそれはキラキラしていた。
まるで、思い出の中にいる小さなヒデの笑顔みたいに。