リトルリーグ・リトルガール 6




もんじゃ焼きのソースの臭いが集会場に充満する。
この臭いに釣られて、顔を覗かせるリトルに入っていない子供がいたりして、入りたいと親にごねる。ほとんどがそこで親に一蹴されるが、直に、入団してくる子供もいたりして、ちょっとした宣伝になったりしている。

「じゃ、卒団する岡野、三倉、澤田、荻島と藤吉、最後の挨拶」

監督に言われて、岡野から順に卒団の挨拶をしていく。
岡野は中学でも野球を続けるらしい。
三島も、澤田もだ。
ここを卒団して、中学の野球部で活躍したいと抱負を語る。
本当なら、オレも中学の野球部に入ったほうが、家計的には大助かりなんだけど、我侭を通した。
この地域で一番強いシニアリーグに入団することに決めて、親にも許可をもらっている。
このことを、挨拶で伝えると、岡野が立ちあがる。

「なんだよ! ヒデ!! 聞いてねえぞ!」
「だから、今云った。オレはこの地域で全国を狙っている荒川スターズに入団する」
トーキチも顔をあげて、オレに注目する。
「だからってよ!」
岡野が立ちあがって怒鳴る。
「オレは、プロになりたいんだよ!」
オレも怒鳴り返す。
岡野は黙る。
怒鳴り返す言葉が、将来の夢だなんて、岡野も思わなかったんだろう。
云ってるオレは恥ずかしいよ。
小学1年生ぐらいなら「カワイイ夢ね」って、大人達は思う。
幼くて、それがどんだけ夢なのか知っているし、もしかしたらそうなるかもしれないって可能性を秘めてる年齢だ。違和感は感じない。
でも12才がいうと、「カワイイ夢ね」にはならない。
現実は中学受験に合格して、私立のエスカレーター式の学校に入学が決まってるヤツがいたり。
そうでなくても公立中学に入れば3年後に進路指導なんかあって、その場で「何を馬鹿なことを」といわれるのが、もう、わかってんだよ。
それは小学6年生が「将来プロになる」発言しても同じなんだよ。
大人がとるリアクションはやっぱり、「何を馬鹿なことを」で呆れられるってコトもわかってる。
だけど、コレは夢に終らせない。
オレが野球のボールを手にしてから、ずっと思ってきたことだから。
上に、そして―――――――将来的には、私立の甲子園常連高校からの推薦入学を勝ち取る。

「そこで成績を出していくつもりだ」
「……なんだよ……トーキチもお前もいないところで、オレ野球やんのかよ」
「オレは、岡野もトーキチもいないところで、野球やるって決めたんだ」
「いいじゃん、岡野もヒデも、野球できんなら、どこでもやればいいんだよ」
オレの弟の朝晴をあやしていたトーキチが口を開く。
「頑張って欲しいよ、続けられるなら、大人になっても続けて欲しいよ、あたしにはもうできない」
「トーキチ……」
トーキチが立ちあがって、一礼する。

「梅の木ファイターズに入ったコトは、すごい良い思い出になった。ピッチャーできたこと、大事な思い出にする。今日の最後の試合も勝てたし。みんな、監督……ありがとうございました」

トーキチがそういって、思いっきりそこで卒団の挨拶をして、オレと岡野のゴタゴタを退けた。
トーキチは……梅の木ファイターズのアイドルだし、最後の挨拶だったから、コレからまだ残ってやっていく選手は拍手をして、挨拶を〆た。
オレも最後だから、あんまり揉めたくないキモチはあったから、黙って座って、もんじゃのへらを掴んで、口に押し込んだ。
岡野はオレの横で溜息をつく。
「つまんねえって思うなら、岡野、お前、オレと一緒にシニアリーグにこいよ」
「……」
「オレはシニアでピッチャー目指すから……」
岡野はバッっと顔を上げてオレを見る。
「約束したんだ。トーキチと、アイツができないこと、オレはやれる」
「……ヒデ……お前……」
「云ったり思ったりするのは簡単だけど、実現する為はすげえ努力しなくちゃいけない、その為に、オレは上を目指すんだ……だから、もし、同じキモチがあるなら、オレと一緒にこい」
「……」
岡野はガツガツともんじゃを口に頬張る。
お前、口の中火傷すんぞ。
「わがっだ」
もぐもぐともんじゃを口に入れたまま岡野は言う。
聞こえないぞと呟いたら、ヤツは麦茶でそれを流し込んだ。
「オレもシニアに行く」
「お前、そんなに、俺とトーキチが好きか」
「いや、トーキチが好き、お前はおまけ」
「ひでえ」
「オレ、ホモじゃないし」
「はいはい」
残った5年生、来月6年になるヤツラは、トーキチと握手したがった。
もう、トーキチがこの公団から出ていくのはこの場にいる誰もが知っていたからだ。
トーキチは残るチームメイトに「頑張って」と云って、雑談に応じている。
その様子を見て岡野は溜息をつく。
「マジでいなくなるんだ……」
「……」
「なあ、ぶっちゃけ、お前はどうなのよ?」
「何が?」
「トーキチだよ、どう思ってンの?」
「……なんかなあ……」
「だよ、その気の抜けたリアクションは」
「最近さあ、女子からもよく聞かれるんだよ、どうなの? とか。だからもー別になんともって云うしかないってゆーか」
岡野はガックリと肩を落とす。
「オレはこんな鈍ちん野郎と張り合ってるのかと思うと……」
張り合うってなんだよ。
なんだか最近みんなよくわかんねーよ、学校のクラス内の雰囲気が特に。
「お前、引っ越すんだよ、トーキチ」
「知ってるよ」
「なんかこう、ないわけ?」
「ないって何が? お前まで、わけわかんねーな」
「あーもー、だから、トーキチのこと、特別ってわけじゃないのかよ? 好きなんじゃないのか?」
そういうわけね。
オムツの頃から一緒だからなあ。
それにトーキチはオレの中では女子ってカンジしないんだよ。
特別といえば特別だけど、それは、オレの将来の夢語るぐらい気恥ずかしいから、発言は避けたい。
小柴先輩に憧れるっていう、チームメイト達は何人かいる。
オレはそれがトーキチなんだよな。
同じ年で幼馴染み。
トーキチがもし男だったら、オレは素直にただ素直に、それを表現しただろうし、周囲も納得しただろう。
「卒業したら、一緒に学校にいくわけじゃないんだぞ、わかってんのかお前は」
岡野はそう云った。
「わかってるよ」



オレはこの時、わかってるよと、答えたが、実はちっともわかっちゃいなかった。
卒団した、今日、トーキチはこの場にいて、弟の朝晴を抱っこしている。
だからちっとも実感が沸かなかった。
トーキチの笑顔が傍にあるから、離れるんだということを頭で理解していても、それが実際はどういうことなのか、この時のオレはまったく想像できていなかったんだ。