極上マリッジ 30






今、挙式の最後、新郎新婦がゲストを送り出す段階ですが……。

「莉佳、いつまで照れている。ここは笑うところだろ、花嫁なんだから」

うるさーい!
あんなことさえなけりゃ、もっと花嫁らしい笑顔ができるってゆーの!!
何も考えないで教会式の挙式にしていたよ。
ウェディングドレスが着たかったっていうのもあるんだけど……。
公衆の面前で誓いのキスがあることを綺麗さっぱり忘れていたいましたよ!
牧師の「では、誓いのキスを」と言われた時、「わ、そういえばそれがあったんだよ。どしようどうしようどうしようっ」て内心焦りまくって、あたしのベールを上げた慧悟に小さい声で頬にしてって云ったのにっ! こともあろうにヤツはあたしの肩を両手で包んで唇にキスしたのよ!

しかもたっぷり5分間も!

ヒッチコックの映画じゃないでしょ!?
芸能人の挙式だって誓いのキスをそんなに長々としないってば!
牧師さんだって、ご両親だって、莉紗姉だって、呆れたに違いない。
もう、そんなキスをみんなの前でやって、どこに視線を落としていいかわからなかったんだもん。
その後の指輪の交換も震えてて、リングを落っことさないようにするのにどれだけ神経使ったか。
なのに本人はシレっとしちゃってほんと、ムカツクわ!!
上品な光沢感がかかったらブラックのロングタキシードとシルバーグレイのアスコットタイがまた嫌味なぐらいに似合ってて、中に着ているシャツの白さが際立つ。
ひよりの結婚式の時もカッコ良かった。莉紗姉が云ってたフオーマルなカッコは二割増しの言葉が思い出される。
本当にこの人と結婚するのかと思うと、いやもう実際してるんだけど、キスの余韻も重なってクラクラする。
そんな中、ゲストの皆さんはさっきの挙式のことをさほど気にした様子もなく退場してフラワーシャワーの準備をしている。
優莉と義兄の双子ちゃん達がかごを持って両サイドにゲストが並んだのをみはからって、三人の子供達が通路の中央からクルクルまわりながら最初の花びらを空に向かってパアッと散らせる。それを合図に、慧悟があたしの腕を軽く引いて、フラワーシャワーをくぐる。花びらと一緒におめでとうの言葉が降り注いで、思わず泣き出してしまった。
でも泣いてる場合じゃないでしょ。
このあと披露宴で、あのケーキを出さないといけないんだから。
そう思って、涙をむりやり引っ込めて、笑顔でブーケを空高く上げた。

「ジェノワーズとオレンジパティシェールの間に、イチゴ・フランボワーズ・カシスを隙間なく載せて、濃厚な生クリームでコーティング。金と銀のアラザンとあめがけされたブルーベリーでデコレーションされた、パティシエの新婦が作ったレシピを再現したケーキです。甘いながらもフルーティーな味、今日の善き日を象徴するかのような華やかなケーキをご賞味ください」
 
披露宴の司会はここの専属スタッフに依頼した。入場から挨拶、乾杯に至るまでの司会進行はさすがプロだ。
そしてとうとう、ケーキですよ。
この上手い解説に負けず劣らず、あたしのレシピを再現してくれたと、パティシエを信じてる。要は、あたしのレシピがダメだったらダメなわけよ!

「新郎新婦がこの幸せの味をゲストの皆さまにおすそ分けします。その前にお写真をとりたい方はどうぞ」

ケーキカットって、結婚式の披露宴において絶好のシャッターチャンスだからね。
フラッシュの雨がどうにか収まって、ようやくカットする。
実は厨房にカット用のケーキを用意してくれていて、スタッフがそれとなく配膳するから、あたかも、この場にあるケーキを配られているように見せる。
一連の流れは、スムーズだった。
そのまま歓談の時間に突入する。

「うまっ。何コレ、うまいよ小野崎ちゃん、じゃなく莉佳ちゃん。俺の店で出して」

元オーナーの渡部さんがあたしたちに話しかける。
手元に残ったケーキを指差して云う。
「もう契約済み、俺の店で出すから」
慧悟はシレっとシャンパンを片手に云い放つ。
そんな話しましたっけ?
ひよりもおいしそうに食べてくれてるから、まあコレを作ってくれたパティシェに感謝だわ。
優莉はもちろんいつものごとく「莉佳ちゃんのケーキおいしいね」って云ってくれた。莉紗姉も純平が何か云ってるのを耳にしながら、ケーキのことをはなしてくれてる。
あたしはもう緊張して何も口にすることができないけれど、何かを食べている時のみんなの顔って、やっぱり幸せそうなんだよね。その口にしてるのがあたしの作ったケーキで、それをおいしいって思ってくれるのは、最高に嬉しいことだ。

「体調、大丈夫か?」
「……うん」
「莉佳も食べて見ろ」
「えー」

慧悟はデザートフォークでケーキをひとすくいして、あたしの口元に運ぶ。
ほらっと促されて、あたしは一口、口にすると会場がどよめく。
え?
誰も見てないって思ったのに、やっぱ雛段って注目されるわけ?

「バカップル全開だわ」
この言葉はこの光景を見た、莉紗姉から後日に訊いた言葉。
「結婚式だし、ありでしょ、あれぐらいは」
と純平君はフォローしてくれたけれどさ。

その後、つつがなく披露宴も終わり、あたし達の結婚式は無事終了した。


 
 それから半年後――。

あたしは、女の子を出産した。
あんなにキツかった妊娠期間だったにも関わらず、出産時間は5時間だった。
慧悟は義兄さんのところの体験談から、出産ってもっと時間がかかるものだと思っていたらしい。
(でも義兄さんのところは、双子ちゃんだもの。しかも自然分娩だったっていうし、マレなケースでしょ。)
でも短時間で出産したけど、もう最後の方は力が尽きたというか……。
短時間でも、出産は出産。
生まれたての自分の子供を見て感激して、慧悟もすごく嬉しそうによくやった御苦労様って云ってくれて、だけど、感激で興奮して眠れないどころか、力尽きて分娩台の上で意識が遠くなりかけた。

「ああ、起きました?」
「はい」
「夕食食べないで寝ちゃったでしょ」
「はあ」
「赤ちゃん、今、沐浴してミルク飲んでからこちらにきますからね」
看護師さんの説明中にドアを開けて、慧悟が入室してくる。
看護師さんは検温をしてね、と言い残して、会釈をして病室を出て行った。
「莉佳」
「慧悟……面会時間はまだ後じゃない?」
「出産当日から24時間は面会時間の制限はないらしい。家族に限るが」
「そうなんだ」
「マツリは?」
「はい?」
「マツリ、娘」
「慧悟、名前、勝手に決めてー」
「イヤか?」
嫌じゃないよ、いや候補は散々きかされてきたよ。
女の子らしいって判明したら、女の子の名前に絞ってたのも知ってる。
「……ううん。どう書くの?」
茉莉と書いた紙をあたしにみせる。
「花の名前」
「花のような女の子になって欲しいからな」
「……ありがとう」
「いいや、ありがとうはこっちの台詞だ」
「……」
「莉佳」
「はい?」
「ありがとう」

朝食後、看護師さんがキャスターのついたベビーベッドに眠っている娘を連れてきてくれた。
慧悟とあたしは、ベビーベッドを覗き込む。
目を開けて、あくびをする。
小さな手が産着からのぞく。
仕草一つ一つに、感動する。
慧悟がたまらず、抱き上げた。
「ズルイ」
あたしが云うと慧悟はあたしも抱き寄せる。
違う! そういう意味じゃないよ! あんたわかってやってるね!?
そんなふてくされたあたしにキスをする。

「愛してる」

ズルイ!
あたしの抗議を聞き届けて、娘をあたしの腕にそっと移す。
そして慧悟はあたしを強く抱きしめる。
慧悟に力強く抱きしめられて、あたしも呟く。

「愛してる」

そう呟くと、今までの事が、全部素敵な出来事に変わる。
慧悟との出会いも、俺様な慧悟に反発してたことも、妊娠して気が昂ぶったことも、そして結婚も……。
その時々で、イライラしたり怒ったり泣きだしたりした。
なのに、今思い返すと、そんなこの9ヶ月はふわふわの極上スイーツみたいな、甘い記憶になっている。
こうしてる今も、きっと極上のスイーツみたいな甘い記憶に変わっていくんだ。

「ありがとう、大好きよ慧悟」

こんなに甘い極上の日々を。
感謝をこめて、あたしはもう一度、呟いた。

「愛してるわ」





 

 END