極上マリッジ 26






診察を受ける時は、ネイルはしないと書いてあった。もともとしてないし、化粧は薄目っていうけど、普段からそんなに気合いの入ったメイクをする人じゃない。あとはえーと、シャワーは浴びたし、保険証と、お財布と、ハンカチちり紙。携帯電話。
「支度、出来たか?」
慧悟が声をかける。
「うん」
昨日は、ランチの帰りに車の中で吐き戻してしまった。
ランチのボリューム有りすぎたんだよ、笹野さーん。
そうだ、今日もエチケット袋は持っていこう。
朝もちょっと吐いた。それでもって、妊娠すると膀胱が押されて頻尿になるって本に書いてあったとおり、吐き戻すと腹圧がかかるから、もう、大変なのよ。莉紗姉にメールを送ったら『それは妊婦の宿命なので諦めろ』とあっさりしたお返事が届きました。
で、病院なんだけど、昨日、ランチの帰りに偶然マンションのエレベーターに乗り合わせた夫婦が赤ちゃんを抱っこしてて、4ヶ月ぐらいの赤ちゃんだったんだけど、慧悟が訊いたのよ。
その夫婦に。
そしたら、その奥さんが結構丁寧に教えてくれた。ここの近くの総合病院で、バスでも行けるし、小児科もあるし、女医さんだったって教えてくれた「結構よかったですよ」って。やっぱり、生まれた後でもいろいろ突発とかかかるし、かかりつけの病院があるといいよねってその夫婦は話していた。
なので、そこに決めた。
で、その時びっくりしたのが。旦那が……某有名人でした。マンションの部屋に戻ってから気がついたっていう間抜けな話なんだけど、あたしは具合が悪くて、ミーハーに騒ぐところじゃなかったんだけど、莉紗姉にその件もメールしたらば、『是非、ママ友になって、旦那のサインをゲットしてきてください』って姉らしくもなくその一文だけ敬語でした。姉よ……。



待合室はパステルカラーの壁に、ソファも妊婦さんのことを考えてか、そのほかの待合室よりは大き目でゆったりしていた。
待合室にも赤ちゃん雑誌が置いてあって、パラパラとそれを見る。
雑誌に掲載されてる赤ちゃんの写真を見てると、どの赤ちゃんも可愛いなー、なんて思ってしまう。
自分に母性本能なんてないだろうって思ってたけど、不思議だな。
そうこうしてると呼ばれて診察。
ドキドキしながら診察室の引き戸をあけて入室すると、40代ぐらいの女医さんがいた。
問診を受ける部屋までは慧悟も一緒だったけれど、内診台での診察までは別。ただ、問診を受ける部屋にモニターをつないで、エコー画面が見えるようにしてくれてたみたいだ。やっぱり、気になるご家族もいるので、そういう配慮もしてくれてるんだって。
黒い画面に映る中に白い袋があって、それが赤ちゃんですと女医さんが云う。その白い袋の大きさを計測すると。
「うん、いるね、赤ちゃん。8周ぐらいかなー」
「そうですか」
「はい、いいですよー内診台が止まったらゆっくり下りて、隣の診察室に戻ってくださいね」
「はい」
……内診、女医さんでも、やっぱり恥ずかしかったよ。うう。
でもさっさと身支度整えて、診察室に戻る。
「で。とりあえず、形式なんで伺います、産みますか?」
ああ、そっか、そうじゃない選択をされる人も世の中にはいるんだね……。
でも、あたしは産むよ。
「産みます」
「はい、おめでとうございます。次の検診はー二週間後かな、もし体調に不安があったりしたら、いつでも来てくださいね」
「あの」
慧悟が女医さんに云う。
「はい?」
「つわりがかなりひどいみたいなんですが……」
「どのくらい?」
「食べたらすぐに戻す感じで」
「んーそう……水分はとれてる?」
あたしは頷いて答える。
「はい……でも、時々水分をとっても少し吐き戻しは……コーヒーが好きだったんですけど、カフェインとっちゃいけないってよく云われるから」
「尿の回数って少なくなった?」
「はい、ただそのー吐く時はなんか腹圧がかかるからか、少し」
「ああ、尿漏れするねー」
「あと、なんだか少し体重落ちた気がするんです」
慧悟ー! あんた何を根拠に云うか!? はっ。お姫様だっこ? あれか!?
「じゃ、一応、念のために点滴やっておこうか。点滴、準備しておいてー」
女医さんはあたしを見てうんうんと頷くと、看護師さんに指示を出す。
女医さんなんだけど、男性的なんだよね、仕草とか。なんか莉紗姉に似てる。「次の検診一週間後にしようか、つわり、ひどくなったら、入院してもらうことになるから」
「入院!?」
「うん。妊娠のつわりは病気じゃないし、ある程度なら、お母さんの栄養で赤ちゃん育つし大丈夫って云いたいんだけど、胆汁とか血とか、吐き戻した時に出たらもう入院だからね。家事とか無理しないで、ゆっくりしてなさい」
慧悟がほらみろと云わんばかりの顔であたしを見てる。
「入院ってどのくらい?」
「個人差? 数日の人もいれば、つわり時期が終わるまでとかいろいろ、とにかく無理しないでね」
「はい」
「ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
慧悟につられて、あたしもそう云って頭を下げる。
「はい、お大事にー」
「じゃ、点滴準備できるまで、待合室で待ってて下さいね」
年配の看護師さんに云われて、また待合室で待って、点滴してマンションに戻ることになった。



「つわりで入院って……あるんだね」
マンションに戻ると、あたしは溜息交じりに呟く。
すると、いつもみたいに慧悟がお姫様だっこしてきた。
「な、なに?」
「寝室。医者に云われただろ? 安静にしてろって」
「一人で歩ける」
「俺も入院にびっくりしたんだよ。こうしてると、なんかほんとに体重減ってるよ、莉佳」
「……」
あたしは大人しく慧悟に抱きかかえられて、寝室のベッドに運ばれた。
ベッドに降ろされると、押し倒された。
「慧悟?」
「心配してるんだ、これでも」
「……うん……でも……」
お前っ! 云ってることとやってることが違うでしょー!!
なに人のワンピースの裾に手を入れてる!?
「け、慧悟サン……手が……」
「何もしない。触りたいだけだ」
ワンピースの裾から膝へそして腿へ、手がなぞっていく。
「莉佳がワンピース姿可愛いから」
なら手を入れるな―!
「慧悟……だめ……」
「内診ってどうだった?」
慧悟はショーツの上を手でなぞって、下腹部に手を置く。
「恥ずかしかった……あっ……」
ショーツのクロッチ部分をぐっと引いて一番敏感な部分にキスをしてきた。
「ァあっ……ん……だ……め……」
しないっていったのに、なんてことをするのよっ!?
そう怒鳴りたいのに、すぐに甘い痺れがそこから下半身に走り抜けて、足の裏がピリピリと痺れてく。
「女医さんでよかったよ、俺以外の男で莉佳のここを見るの許せないよ」
「……ん……ぁっ……」
スポーツブラに覆われてる胸を剥き出しにする。
胸の先端の部分にキスをされた。
頭の芯がぼうっとする。
「慧……やん……だめ……触るだけって……云ったのに……」
「キスもだめ?」
ちゅっと先端を口に含んで舌で捏ねられる。
「……だめ……」
「莉佳……」
そんなことされると……欲しくなる……慧悟が……。
「赤ちゃん……大事じゃないの?」
「……だから。触ってキスするだけだよ」
「ずるい……」
「何が?」
「こんなふうにされたら……欲しくなる……慧悟が……」
すると、慧悟は一瞬あたしの身体から顔を離した。
「莉佳……」
慧悟の唇が、あたしの唇にキスを落とす。
気持ち悪さとか具合の悪さとか…もうどうでもいいやとか、思っちゃうぐらい、この人から与えられる快楽に支配される。
「ごめん、悪かった……俺ばっかり我慢してると思っていたから」
……そんなふうに、あたしのことを想ってくれるのは、多分、慧悟ぐらいかもしれない。
彼の過去の恋愛とか、あたしを好きかどうかで疑ったりとか、もうそんなことはバカバカしくて。

「愛してる」

あたしは慧悟の頬を両手で包む。
「莉佳」
「あの夜からずっと、惹かれてた」
慧悟はあたしの左手をとって、薬指にキスをする。

「慧悟のこと、愛してる」

そう云ってあたしは慧悟の顔を引き寄せて、彼の唇にキスをした。