極上マリッジ 24






買い物がこれで終わりかなと思ったら、慧悟はそのまま別フロアに移動した。
駐車場に行くもんだと思ってたのに、不意打ち。

「どこ行くの?」
「まだ肝心なものを買ってない」
「……何?」

今日の買い物はマタニティ用品とベビー用品だけじゃないの?
「疲れてても、少し我慢しろ」
はいはい。今日は昨日よりも幾分マシな体調ですけどね。
慧悟はあたしの腕を掴むと自分の腕に絡める。
これって、身体がきついから、寄りかかってろってことですか?
なんか照れくさいけど、いいか……。
一応夫婦なんだもんね……。
で、ついた先が宝飾、貴金属系のフロア。
あたし、前の店「Frutti di mare paradiso」に勤めていた時にボーナスもらったら、このブランドのネックレスを買おうか、悩んだことがあるけど、その話はこの人は知らないはず。
店のカウンターに進み出る慧悟は、店員に結婚指輪を選んでいると告げた。

……結婚指輪っ!!

あたしは慧悟に肩を抱きかかえられたまま固まってしまった。
肝心なモノってそれか。
「慧悟、指輪って……」
「結婚式には必要だろ?」
「あのさ、入籍したんだから、結婚式する必要ないんじゃないの?」
「莉佳」
「はい」
「お前さ、自分がここ数年披露宴に出席した回数をカウントしてみろ」
あたしは指を折り数える。
「そこに平均的なご祝儀の金額をかけろ」
「……」
「結婚式は、その金額を回収する為にもある」
「払いっぱなしは癪に障るから回収できるなら、こっぱずかしいイベントだろうとやってしまうというわけね」
「普通女性が盛り上がるイベントだろう、そういう気持ちはないのかお前は」
「結婚するとは思わなかったし、入籍しちゃったら、もうどうでもいいやと思ってました」
慧悟は呆れたように溜息をつく。「だって、考えても見て。あたしが出席した結婚式から換算すると、現在赤ん坊の世話に追われて、招待状に欠席にチェックされて全額回収は無理だわ」
「……そうか、女性はそうかもな」
「男性は違う……のね……」
お互い納得する。
でも慧悟は立場上、そういうのやった方がいいのか。
それこそ男友達は子供の世話が〜なんて口実もないだろうし……。
「いい。わかったわ、任せる」
「どういうのがいい?」
「なんでもいいよ、慧悟がしやすいの選んで」
ずっと指に嵌めるってわけにはいかないもんね、あたしの場合、いろいろ作るから。
「じゃあ、このシリーズで」
慧悟はハキハキと店員に伝える。
小さなダイヤがリングにグルッと並んでるエタニティタイプを選ぶ。
「妻は4月生まれなので」
今日入籍したんですと慧悟が云うと、そこはブランド宝飾店勤務の女性店員、あからさまな商売根性が表には出ないものの、にこやかな洗練された笑顔で、『この客は、絶対冷やかしじゃなくて購入だ』とジャッジするや、販売力に、がぜん力が入ろうというもの。
「まあ、おめでとうございます。そうなりますと、やはりエタニティタイプはお薦めですね、華やかですし」
細い小さなダイヤがぐるっとサークルになってるタイプをいくつか出される。「指のサイズ測りますね」
じゃらっと計測リングの束を取り出して、あたしの指のサイズと慧悟の指のサイズを測る。

「慧悟」
「なんだ」
「あたし普通のデザインでいいよ」
「……これでいいです」

あんたあぁぁぁっ! 何故あたしの意見を無視するー!?

「パティシエなんで、菓子を作る時は外すので、チェーンネックレスもつけて下さい」
あたしの顔をちらっと見る。
「どっちにしろ、そうするつもりなんだろ?」
またも先手を……読まれてる。
「それ以外はつけていろ」
「……」

そりゃ、今朝みたいにパンを焼いたりね、仕事する時は邪魔ですよ、プラスチックグローブしてても、指輪してると破けたりするしね。
だからファッションリングが欲しいなって思っても購入しなかったぐらいだもん。
「じゃ、こちら、サイズございますので、していかれます?」
慧悟は、あたしの左手をとって、薬指にたった今買ったばかりのリングを嵌める。
アンタね、こんな店頭ですることかい!?
あたしは女性販売員のリアクションの方が気になっちゃうよ!? でも、そこはプロの販売員、「なんじゃこのバカップル」とか内心思っていても当然そこは表に出すこともなく、また「まあ、仲良くて羨ましい」との冷やかしの言葉もなく。
営業スマイルと「お似合いです」の一言のみ。さすがプロ……。
慧悟はカードで会計を済ますと、小さな有名ブランド宝飾店の紙バッグをあたしに渡す。
「お買い上げありがとうございました」
女性販売員の声を背に、その売り場を後にした。

「飯にするか」
「うん」
「外食できそうか?」
「うーん……多分、今朝もちょっとずつ食べたから、そんなには吐かなかったけど……」

そう云いながら、視線は左の薬指に釘付けですよ。
キラキラ光る小さいダイヤが薬指を取り囲んでいる。
すっごく綺麗……。
プラチナのシンプルなリングでよかったのに、なんかすごく贅沢な感じのこの指輪。
あたしにはもったいないような気にさえなってくる。
てゆーか、もったいない。
でも、コレは返品きかないもんね、当然。

「気に入ったか?」

からかうようなニヤニヤ笑いで見降ろされる。
止めてよっ。ムカツクなー。
でも……。
あたしはリングを見つめて呟く。
「……うん……ありがとう……慧悟……嬉しい……」
「最初からそう云えば可愛いのに」
「すみませんね、可愛くなくて」
こんなの買ってもらって、憎まれ口が出てしまう自分がちょっと嫌だわー。

「俺には可愛いからよしとしておくよ。奥さん」

歯の浮くような台詞をスルっと云ったわね!? 
……あんたに敵う日は永遠にこないような気がするわ。あたしの旦那さん。



お昼は車で移動して、どこへいくかと思ったら、あたしが前に勤めていた「Frutti di mare paradiso」の駐車場に車を止めた。
「慧悟……」
「渡部のヤツにはまだ報告してないしな、莉佳も前の職場は嫌でやめたわけじゃないだろ?」
「そ、そうだけど……」
莉紗姉の店の手伝いをしたかったのと、失恋の痛手もあってやめちゃった前の職場。
あたしは慧悟と一緒に店に入る。
ホールスタッフはあたしを見るなり、声を上げる。
「わー莉佳さん!」
ホールマネージャーの木下君の声に、「え? 何? 莉佳ちゃん?」シェフの片岡氏も厨房の方から声があがる。
「今日はまたイケメン連れて〜」
「うん、ここで食べようって」
「おお、鳴海〜」
渡部オーナーがスタッフオンリーと書かれてるドアから、姿を見せる。
木下君の身につけているウォーキーからあたしと慧悟の来店に気がついたようだった。
「きたか〜小野崎ちゃん、ってことは付き合い始めたのか? やっぱり」
「いや」
慧悟の言葉に、オーナーはバンバンと慧悟の肩を叩く。
「またまた〜二人で揃って顔を出して、まだ付き合ってないってなんだよ。それ」
「だから付き合うってよりは……」

「……結婚しました」

あたしは芸能人の婚約記者会見のように、自分の左の手を渡部オーナーに見せると、スタッフ全員があたしと慧悟に一斉に注目し、驚きの声をあげた。
「えーえー!!」
「なんだってー!?」
「莉佳ちゃん辞めた理由は実は、それかい!?」
片岡氏と笹野氏、そしてあたしの後輩の柿山ちゃんが厨房からホールへぞろぞろとやってくる。
あんたたち、客は引ける時間だけど、まだいるんだよ、お客一組残ってるよ!?
照れくさくて、恥ずかしいけれど、みんな「おめでとう」って云ってくれて、店に残っている一組のお客さんも、おめでとうの言葉をかけてくれた。
びっくりして声をかけてくれるお客さんを見ると、ランチ常連であたしのスィ―ツを贔屓にしてくれてた老夫婦だった。
なんだか久しぶりの元職場のメンバーに「おめでとう」を連呼されて、あたしは「ありがとうございます」と呟くのが精一杯だった。