極上マリッジ 23






翌朝は、結構気分がすっきりしていた。
いつものように早起きをして、慧悟ががっちりあたしを抱きまくら代わりよろしくホールドしていたから、その手を起こさないように外すのが至難の業でしたが、多分起きてないよね?
家から持ち出してきた。調理器具と強力粉とドライイースト、バターは確か昨日菊田さんが買い足しててくれていた。スケールで粉や砂糖、バター、イースト分量を量る。それらを準備してパンを作り始めた。
15分ぐらいで生地ができ、発酵させる。
発酵の間は、コーヒーメーカーにコーヒーをセットした。
カフェイン……ダメっていうけど……ミルクをたっぷり入れればいいよね……だめかな?
リビングの窓ガラス……大パノラマの東京の朝の空を見ると、やっぱこのマンションすごいなーと改めて思う。
でもさーこんな広いマンションに一人で住んでて、慧悟はさみしくないのかな?
……そう思ったら、慧悟の過去の恋愛事情をやたら想像してしまった。
あのベッドで他の女ともいちゃこらしたのかと思うとちょっとムっとする。
過去にやきもちやいてもしょうがないんですけどね。
ただ、すっげ広いからなー寝に帰るだけだったらワンルームで十分だろうと思ってるのは、あたしが庶民だからですか? 
そんなことを考えてると、一次発酵が終わってガス抜きの時間だ。
そう……さっきまで考えてた慧悟の過去の恋愛にムカついていたから、二倍に膨らんだ発酵生地めがけていいパンチングができましたよ。生地をカットして中にチーズとナッツ類を入れる。小分けにした生地を均等になるように一つ一つスケールで量る。
もう一度ラップして第二次発酵をさせる。
リビングのマガジンラックに入ってる昨日買ってきたムックをパラパラとみる。
病院どうしようかな……あたしも、なんかこのつわりがあるから医療がしっかりしてるところを選びたい。でも大学病院とか総合病院ってスタッフが多いから担当制じゃないところもあるって書いてある……そうなんだ……研修医とかにあたる可能性もあるんだよな。それは不安だ……そこで敬遠してたら研修医の実習に貢献はできないんだけどさ。
うーん。でも、通院って……あれでしょ? 内診もあるんだよね。複数の人間に内診されるっていうのもこっぱずかしいでしょ。どうしたらいいものか。
ふと時計を見ると二次発酵完了。よし、バターを塗って、トレイの上にクッキングシートを乗せて、オーブンに入れる。180度で25分焼く。

そうこうしてると、慧悟が階段から降りてくる。
「おはよう、うるさかった?」
コーヒーメーカーからマグにコーヒーを注いで渡す。
「いいや、お前、身体平気なのか? そんなに早く起きて」
「うん、大丈夫」
片手でマグを受け取って、あたしを抱き寄せる。
「多少具合が悪くても『大丈夫』云いそうだからな」
「あとちょっとしたらパンが焼けるよ」
「作ったのか?」
「うん、焼きたてだからおいしいと思うよ」
慧悟に食べてほしくて、作ったんだよ。
慣れた工程でも、慧悟のことを考えながらパンを焼いてた。
なんて云えればいいんだけど、なかなか言葉にできない。
「贅沢だな、朝起きたら妻の焼き立てのパンか」
「つ、妻!?」
「奥さんでもいい」
「お。奥さん!?」
「違うのか?」
「……ち、違わない……」
けど、それもやっぱり気恥ずかしいって。




朝食を終えると、慧悟が必要なものを買い出しに行くから、書き出しておいてと云う。
その間、少し仕事をするからって、書斎にこもった。
あたしはリビングのソファに座って、メモとペンを握る。
やっぱり昨日買った妊娠出産の本を見ながら書き出す。
必要なものー、マタニティ用品? インナーは必要になるんだなー。
ふーん。それとあとスカートか……あんまり普段は穿かないわ。いつもパンツ系だもんね。そっか内診するからその方がいいんだ。うーん。内診やだな。
だいたい書き出してみると、そんなにないけど、生まれてくる赤ちゃん用品の方が断然数が違うよ、肌着だけでも4種類ぐらいあるよ、生まれてくる時期に合わせて取り揃えるといいって書いてあるけど……。また生地も細かいわー。
「莉佳、これにサインして」
「?」
慧悟はあたしの眼の前に広がってる本やメモものけて、一枚の紙を置く。
半分に折りたたんでいるその用紙を広げた。

――――婚姻届

ギョっとして慧悟を見上げる。

「出かける前に役所に出そう、婚姻届はいつでも受理される、結婚式の当日とかっていう手もあるが……お前のその体調じゃ当日はバタバタしてて無理だろ」

証人欄二名は、慧悟の父親の名前と、莉沙姉の名前がすでに記入してある。
こんなの、いつ用意したの!?

「これから病院通うだろ? 健康保険証の書き換えも早い方がいいし、初診には間に合わなくても、その後はなんとかなるだろ、月一で保険証提示するんだから」

……あ、そ、そういうことか。

「結婚するんだろ? 俺と」
「う、うん……でも……いいの?」
「何?」
「その、ご挨拶前にこんなの出しちゃって」
「そのことはもう連絡済み、莉佳に子供がいるし、病院のこともあるから本人が了解したら先に入籍はするって云ってある。莉沙さんにもそう云って、証人欄に記入してもらった。まあ、挨拶は早ければ早いにこしたことはないけどな」

早い〜。
でも、このぐらい事務処理を早めにしないと会社社長なんてやってられないんだろうな。

「5月5日、子供の日だ」

そう云って、慧悟はあたしのおなかに手を当てる。
子供の日……。
子供の為の結婚なんて……って、ちょっと前なら反発してたけど、今はそんな気持ちは全然ない。
この結婚は……子供のためだけじゃないって、慧悟が昨日云ってくれた。
『愛してる』って、告白された翌日に、婚姻届提出なんて、きっと忘れないよね……。
あたしはサインした。
これで役所に出せば、あたしは鳴海莉佳になるのか……。

「じゃ。行くか」

あたしがサインをしおわると、慧悟はそれを大事そうにまた二つ折にしてバッグにしまった。



緊張の面持ちで役所に提出したけれど、やっぱり、何人かはいたよ、結婚届けを提出するカップル。
提出が終わると役所の人は「おめでとうございます」って云ってくれた。
GWも仕事なのに、笑顔でおめでとうと云ってくれるんだ……そう思うとなんか嬉しかった。

そのあと、マタニティ用品や、ちょっと早いけどベビー用品をデパートで見ることに。
マタニティ用品はもう実用っていうかすぐに使用するものだし、とりあえずインナーは必須だけど、スカートとか何着か購入した。
でも、どっちかって云ったらベビー用品の方が、断然、気分的に盛り上がるっていうかワクワク感がある。
どれも見た目ちいさくてかわいい。ミトンやスタイ、ソックスも小さい。
店員さんが、あたしたちを見て、いろいろとアドバイスをしてくれた。生まれてくるのは冬だから、肌着は長肌着がオムツを換える時には便利でいいとか、大きな子が生まれた場合や、そうでなくても子供は生まれて一か月ぐらいは成長早いからコンビ肌着も何着か揃えておくのもいいとか。
ちょっと気が早いなとか思ったけれど、とりあえず、天竺素材のあかちゃん肌着は買っておくことにした。
ツーウェイオールとかの洋服は、性別が判明してから揃えてもいいなって思うし。
色とか柄とか、合わせたいじゃない?
なのに、慧悟はベビーベッドを買うとか云ってたし。子供用のおもちゃとか見るし。気が早いよ、アンタ。
もう、本当に子供好きなんだな……。

「慧悟は、男の子が欲しいの?」
「は?」
「赤ちゃんは、男の子がいいの?」
「別にそこは考えてない、どっちでもいい」
「えー?」
「何?」
「てっきり跡取り欲しいのかと思ったのに」
「女の子でも問題ないだろ、跡取り」
「そ、そうなんだ……」
「別にそんな大層な家じゃないだろ、皇族のやんごとなきお血筋でもないぞ」

……そうですか……。
あたし、本当に余計なこと考えてばっかりいたんじゃないのって、慧悟と話すと、そう思うことがたくさん出てくるよ。