極上マリッジ 15






どうしよう。この状況。
手にしている商品がなんなのかは、この男にだってわかってる。
まさかお見合いの日に彼が云ってたことが本当になるとは。
いや、コレ使って判定しない限りは絶対とは云えないけれど。
でも、月に一回くるべきものはまだきてない……可能性は50%からさらに跳ね上がってるのは確か……。
鳴海氏はあたしのすぐ傍に立って、あたしの手に持ってる商品を見つめる。

「莉佳」

低い声で、名前を呼ばれて、身体が硬直する。
やだ……。

「気持ち悪いって……そういう意味か?」
「……わかんない……」

鳴海氏は溜息をつく。な、呆れてる? なんで溜息よ。
何それ、なんの溜息? 
嘘から出たまこと、ならず、冗談から出た失敗みたいな? そう云う意味の溜息? 単純にあたしのことをからかって楽しんでたのに、そんな冗談じゃなくなってガチで結婚を考える羽目になっためんどくささからの溜息?

「貸して、買ってくるから」

そんなっコレ男に買わせるわけにはいかんでしょ!? まったくもーあんたそういうデリカシーはないわけ? あたしは細長いその箱を握り締めて、胃腸薬のコーナーへ行く。

「お前な、可能性があるなら薬は」
「わかってる。莉紗の分よ、飲み過ぎるかもしれないでしょ」

怒鳴り返したいのを必死で堪える。
もう、イライラする。この男に逢わなければ、こんな目に合わなくてすんだのにっ。
八つ当たりだってわかってるけれど、心の中では悪態が収まらない。
あたしは胃薬と例の商品を持って精算を済ませて店舗を出た。
車に戻ってシートベルトをすると、エンジンをかけながら、鳴海氏は云う。




「戻ったら、それ、使って調べて見て」
「いや、自分の家で調べる。使用済みの検査薬なんか余所様のお宅で処分されたくないし」
「じゃあ持ち帰れ。車においとけ、何もバッグにいれておけとは云わない」
「ヤダ」
「莉佳!」
「ヤダヤダヤダ!!」
うわ、言葉に出したらもうダメだ。
自分でわかってる。それこそ優莉みたいにダダ捏ねてるって。いや、これは、優莉よりもひどい。
鳴海氏があたしにかかってるシートベルトを外して、あたしの腕を引っ張って、抱き寄せた。
「莉佳」
「う……うっ……」
堪え切れず涙腺決壊。感情がめちゃくちゃ不安定だ。
そんなあたしを鳴海氏は力づくで抱き寄せる。
「嫌い、アンタなんて大っ嫌いよ、逢わなければよかった! うっ……」
「莉佳」
「この先、独りでもよかったの! 莉紗と優莉がいればよかったのにっ」
あとはもう、わあわあ泣き叫んだ。
だいたい男は勝手なのよとか、責任とるよなんて云ったって、実際とれない男ばっかりだとか、責任とるとか云うならなら男が子供産めばいいんだとか、なんで女ばっかり妊娠とか出産とかしなきゃなんないのよとか、もうかなり滅茶苦茶な――――お前は中学二年生かよとツッコミされても当然な、30女とは思えない言葉があたしの口から飛び出してた。
だいたい、この状況は、何も鳴海氏のせいだけじゃない。
あたしにだって責任はあるのに。
なのに、普段なら、あたしの云った言葉に対して、その倍は乱暴な言葉をあたしに投げつけてもおかしくない雰囲気を持つこの男。
あたしを抱き寄せた腕の持ち主は、子供みたいに泣きじゃくるあたしの背をあやす様にそっと撫でてるだけだった。
その繰り返される手の感触に、次第に感情は落ち着いた。
鳴海氏は、あたしを抱きしめたまま離そうとしてくれない。

「ごめん……鳴海さん……ごめんなさい……」

感情も涙も落ち着いて、いたたまれなくなって、そう云うと抱きしめられてた腕の力が幾分弱まる。

「落ち着いたか?」
「……うん……だから……離して……」
「離してもいいが、条件が」
「何?」
「戻ったら調べてくれ、ソレ」

しつこいぞ!!
抱きすくめられたままなので、鳴海氏はあたしの眉間に寄る皺に気付かない。

「今、イヤだとか云ったら、問答無用でココでヤル」

ヤ、ヤルって犯るってことか!?
じょ、冗談じゃないよ!! ドラックストアの駐車場でカ―セックスなんてごめんだ!! 力を込めて腕から逃れようとしても、がっちりホールドされてて、身動きが取れない。
「莉佳」
耳朶に彼の声と息がかかる。
全身にゾクゾクとした感覚が走り抜ける。
「素直に『はい』って云いな」
「……」
黙ってると、あたしを包んでた手が緩んで、背中から胸へ回る。
カットソーの裾をキャミソールごとたくしあげて、素肌に彼の手が這う。ブラのレース部分に指がかかって、小さな頂きを指で押さえる。
「や……」
「ヤダ?」
首筋に暖かい息がかかる。
あの日の夜みたいに。
「お、お願い……や……ぁ」
カップをずらして、掌に片方だけあたしの乳房をすっぽりと包んで、緩急をつけて揉みしだく。
「ヤダって云ったな。じゃヤル。どんだけこっちが我慢してると思ってんだよ」
「違う…違うから……」
揉まれた乳房の硬さも頂きに走る疼痛も、あの日とは違う。
ビクっとしたのは、その弄られた頂きから痛みと一緒に水滴が出る感触があったからだ。
鳴海氏もその感触を指で確認できたみたいで、首筋から顔を離してあたしの瞳を見つめる。
「莉佳……」
「……鳴海さん……」
今の、今のは……。
たくしあげた服から手を抜いて、あたしの顔を両手で包む。
「どうしよう……あの……今の……」
「どうしようじゃないだろ、確実だろ、お前、今の……」

出るもんなの!? 今のあれだよね? 母乳だよね!?

「ゴールデンウィーク終わったら、病院行くぞ、もうごねるな」
「だ……」
「体温も若干高めだし、確実だろ、今のは。検査薬使わなくたって」
あたしは止まった涙がまた溢れてくるのを感じていた。
恥ずかしいし、いたたまれない。この身の置き所がない。
「莉佳、いいな、病院に行く、俺も行くから」
「できてたら?」
「結婚するんだろ?」
「しない!」
「は!?」
「あたし、結婚しない、出来ててもしない!!」
「おーまーえー! この後に及んでそういうことを云うか!?」
「一人でなんとかするっ鳴海さんは関係ない!!」
「関係ないだと!? お前一人で子供作ったと思ってんのか!?」
「だって、鳴海さん」
「慧悟! 何度云っても聞かないな!! 馬鹿か!?」
馬鹿ならほっといてよ! そう云いたかったのに、唇を塞がれた。

キスで。

あたしは鳴海さんの云うように馬鹿かもしれない……莉紗姉にだって、云われてるもの。わかってる。
だけど……いやなの。
こんなに、こんなに優しいキスをして、あたしの気持ちを蕩かして宥めてくれるけど、この人、あたしのこと好きじゃないじゃん。
云われたことないのよ。この人から好きだって……。
責任感だけで結婚する気なの?
結婚して、この人に本当に好きな人ができたらどうするの?
離婚されてポイされるの?
だったら、最初からないものだったら、別になんともないでしょ?
でも……。
この人が……本当にあたしのこと好きだったら……?

「莉佳……頼むから、少しは俺の云う事をきけよ」

唇を離して、あたしの瞼にキスを落とす。
好きだって……云って、あたしのこと。
馬鹿でとりえもなくて、綺麗でもないけど、それでもあたしのことが好きだって。
そしたらあたしだって云える……。


――――もうずっと、初めて逢ったあの夜から、惹かれていたって。
――――好きだったって……。

そしたら。
この人を信じられないとか、この人と一緒になって、万が一、来るかもしれない暗い未来に怯まないで。
その言葉だけで、全部を預けてもいいと思ってるのに……。