極上マリッジ 14






5月3日予定通りにバーベキューを決行。
鳴海氏は朝早くあたしたちを迎えにきてくれた。
友達もと云われたので、純平君も一緒に。
で、この人、車何台持ってるのよ。今日は国産のワゴンで来たよ。
優莉は「なるみさんのおくるま、だんだんおおきくなるねー」って無邪気に喜んでる。それは間違いだから、普通、車は大きくならないよ。この人がヘンなのおかしのっ。
心の中で突っ込みをいれつつ、うんざりなのが、この座席ポジション。
最初っからあたしが助手席なわけよ。
姉と優莉と純平は後部座席でさ。
「朝早くから御苦労さまです。別荘なんてすごいですね、遠いんですか?」
姉の言葉に鳴海氏はハンドルを握りながら応える。
「別荘というか別宅みたいなものです。都心からさほど遠くないですよ、鎌倉ですから。仕事関連で、都心に戻るのがめんどくさい時には父や兄が利用したり、兄夫婦はこの時期に子供を連れて海へ行って遊ばせたり利用してますね」
この間の水族館同様の高速利用で、もちろん優莉のことを考えてくれて、ときおり休憩をはさんで昼前には目的地についた。この道中、休憩をもらってすごく助かったんだけど、ついた途端に、気持ち悪くなってきた。


「いらっしゃーい。こんにちはー」


車から降りると小学生の男の子が二人、乗ってきたワゴン車の前にやってくる。男の子たちは、二人とも、顔も髪型も、そっくりだった。
双子だよ! 莉紗姉とか優莉は、幼稚園で見慣れているかもだけど、あたしは初めて見たよ、双子の子供。
「こんにちは」
身長は優莉よりも少し大きい。
優莉は双子の子供を見て、ちょっと照れたように、莉紗の足元に隠れる。
「ご挨拶は?」
自分のお名前を云わないと、遊んでくれないかもよと莉紗姉が促すと、優莉はおずおずと自己紹介する。
「こ、こんにちは……おのざきゆうりです、さくらようちえん、らいおんぐみさんです」
「ぼくたちは清秀学院の小等部1年だよ」
うわ、私立名門校だわ。さすが鳴海さん兄夫婦の子供……。
「ぼくが大地で、こっちが翼」
「ゆうりちゃん、あそぼー」
ゆうりは莉紗姉を見上げる。
「行ってきな」
莉紗の言葉に頷いて、優莉が母親の足から離れると、双子に右手と左手をとられてわーっと、バーベキューの方へ走って行った。
「ゲンキンよねーイルカちゃんぬいぐるみを連れてっちゃ駄目って云ったら、ごねてたくせに」
莉紗が苦笑する。
子供たちの微笑ましい後ろ姿を見ていたら、莉紗姉と同様あたしも気が抜けたのか、なんだかまた気持ち悪くなってきた。
「ごめんなさい、トイレ借りたいんですけど」
ほんと、着いた早々に申し訳ない。
鳴海氏は心配してくれるのか、あたしの手をとって、屋内のトイレに案内してくれた。
実はここに来る前にも一度サービスエリアで戻してるので、胃の中は空っぽなはずなのに、それでも胃液は出てきた。
胃腸炎かな……あたしも莉紗も胃腸は弱い方だけど……。
せっかくのバーベキューなのに……、胃は空っぽで空腹感はあるけど、でも食欲は湧かないのよ。
ゴールデンウィーク明けに、近くの高田内科クリニックに行くかな……。
トイレから出ると、姉も純平君もいて「大丈夫?」と声を掛けてくれたんだけど……。もう気分的にはUターンして帰りたい。だけどそうも云ってられない。
とりあえず、あたしが作った菓子だけでも渡して……。
バーベキューしている庭に案内されると、すでに優莉はお姫様状態だった。
鳴海氏の兄夫婦は、小さな優莉を見て、カワイーを連発してデレデレしている様子だった。
「ママー!」
優莉は莉紗に手を振る。
莉紗が「こんにちは〜」なんて愛想よく挨拶してる。
莉紗は子供の頃から人に対して結構、物怖じしないし、愛想いいんだよね、嫌味ではなくて純粋に羨ましい。
「楽しみしてたのよー、あら、慧悟、そちらのお嬢さんが……」
「小野崎莉佳さん」
鳴海氏が、さも、恋人紹介しますー的に、あたしの肩をがっちり抱いている。
「まあ、お写真よりも……おやせになりました?」
幾分ぽっちゃりされてるお兄さんの奥様は羨ましそうにおっしゃるが……いや、これは単に体調悪くて顔色悪いだけですから。
あたしは鳴海氏を見上げる。
「どうした? まだ調子悪い?」
優しく尋ねられると、身体弱ってるせいか甘えた子供みたいになってる自分が、なんかっとっても気恥ずかしいが、だけど、悪くない……。
素直に嬉しいし、頼りたくなる。
「はじめまして、小野崎莉佳です」
「あ、莉佳の姉の小野崎莉紗、こちらはうちの従業員の駒田君、あたしたちもお言葉に甘えてお邪魔しました、そちらにいるのが、娘の優莉」
「優莉ちゃんかわいい〜! うちには男の子しかいないから、羨ましい〜!!」
「鳴海さん、これ、お義姉さんにお渡ししてくれますか?」
あたしは手に持っていた紙袋を鳴海さんに渡す。
「あら? 何かしら?」
「マカロンと、シュークリーム」
「まあ」
「作ったのか?」
鳴海氏の問いにあたしは頷く。
「すごいわぁ、パティシェって本当なんですねー! じゃ、バーベキュー終わったら、みなさんで頂きましょうね、莉紗さんも駒田さんもご一緒にどうぞ」
想像していたよりも、かなり気さくでフレンドリーな鳴海氏の兄夫婦、というかこれは奥様のお人柄だろう。
「ささ、どうぞー」
莉紗は缶ビールを渡されて、遠慮なく飲み始めちゃったし……。
どうしよう……。
帰りまでこの体調が戻ればいいんだけど……。
鳴海氏があたしにビールを手渡す。
「莉佳、お酒はやめておくか?」
「あの……」
「うん?」
「近くに薬局はない?」
「わかった、一緒に行こう」
「え? いいよ、場所さえ教えもらえれば一人でいける、鳴海さん飲んだでしょ?」
「ノンアルコールだから運転できる」
鳴海氏が掲げた缶のラベルをみるとノンアルコールの表示があった。
「ちょっと薬局に行ってくる」
「あら、大丈夫?」
「ごめんなさい、すぐもどりますから、莉紗姉、ごめんすぐもどるから」




鳴海氏に車を出してもらって、ドラッグストアにいく。
「莉佳、俺、子供たち用の菓子を買ってくるから」
さすがに店舗内までくっついてこられるのもなーと思ってて、タイミングよく声をかけられてほっとする。
「うん」
酔い止めと胃腸薬を探しに、店舗に入り、ぐるっと見回し、歩き始め、あたしはあるコーナーで立ち止まった……。
いつもというか月に一度はお世話になってる商品棚の前で足が止まった。
……コレ……使ってない……。
いや、遅れるときは遅れることもあるけれど。
ここ数カ月は結構ずれても1日2日だった。
お見合いの日に鳴海氏に云われた言葉が耳の奥に再生される。



――――あの夜でデキたかもしれないだろ?



胸に手を当てる。
気持ち……堅いような気がする、でも、生理前かもしれないし……。
どうしよう……どうしよう……まさか。
酔ってた酒のせいだって鳴海氏には云ってたけれど、あの夜のことは身に覚えありまくりだ。デキるようなことはばっちりやってたよ。しかも、タイミング的にはこの時期にそういう症状がでてもおかしくない。
あたしは、生理用品の並びにある別の商品を手にしていた。
まさかこの商品のお世話になる日がくるとは思いもよらなかった。
ガチガチ震えながらその長方形の箱を見つめる。


――――妊娠判定検査薬……。


「莉佳?」
ドキリとする。
ビニール袋を提げて鳴海氏があたしに声をかける。
やだ、こんな不安定な気持ちのところで声なんてかけるな、バカ。
泣き出しそうになるじゃないのよ! こんな不安な気持ち。
あんたに逢わなければ、あたしはきっと自分だけの生活で満足していた。少し孤独で寂しくても、誰かを思って左右に揺さぶられる感情に捕らわれることのない、平穏な日々に満足してたはずなのよ。
なのに
緊張が全身に走る。
この手に持ってるものを棚に戻せばいいのに、それができない。



鳴海氏は、動きのとまったあたしをいぶかしんだ。
そして、あたしの手にした商品を目ざとく見て、目を見開いたのだった。