極上マリッジ 5






見合い=お振袖……30女に成人式のような振袖を着せる気かと思ったが、スーツでいいと云われた時は、どんだけほっとしたことか。
けど、ほっとしたのもつかの間、指定されたホテルのティールーム。
例の初対面の男とヤっちゃったとあのホテルだった。
あれから二週間が過ぎたけれど、忘れられなかった。
初体験の記憶はやっぱりそれなりに残るものですね。
「お見合い写真見た?」
「見てません」
「見なかったの!?」
叔母ちゃんは、驚きの声を出す。
めんどくさかったし。
見たら絶対あたし、ドタキャンしたよ。
でも興味は別のところにあった。
釣り書である。
写真はもうどうでもいいけれど、条件すり合わせのお見合いなんだから釣り書の方を読みこんじゃうね。っていうのは姉の談。
お見合いには写真だけでなく、釣り書っていう相手のプロフィールももれなくくっついてくるのよ。
読む気はなかったあたしも思わず読んじゃったよ。
でも釣り書って、お見合いの定番文句「ご趣味は?」とか、「お仕事は?」とか質問の意味なくね?
で、その読んだ内容はね。
こんな出来過ぎ君が35歳でモテないハズないですからっていう内容でしたよ。だから敢えて、写真は見なかった。
きっとアレ、見た目はモテナイ君オーラがにじみ出てるって。
お前、どんだけ上から目線だよ他人の事を云えるのかと、ツッコミ入るかもだけど……姉のお見合い写真と似たり寄ったり、五十歩百歩、目くそ鼻くそだろうと想像に難くない。
お見合い写真を見た瞬間に、叔母ちゃんに泣いて頼んでこの男と結婚してセックスとかしたくない生理的に無理と! 絶叫しそうだ。
そういう態度はニッチもサッチも行かない場合までやらないように。
大人なんだから、やんわり断る。
姉にならおう。
一時間そこに座って、沈黙守ってりゃー、相手だって引くだろう。

――――まあ人生は何事も経験だっていうし、ホテルスイーツしこたま食って、今後の仕事に生かしてくるわ。

そんなわけで、件の結婚式仕様並みにちょいとフォーマル系なカッコで叔母ちゃんの後をついて行ったわけですよ。
でも、この時、きちんと断っておけばよかったと、後悔することになるのだった。

 

ホテルのティールームにいくと、先方はすでに到着していたらしくて、叔母ちゃんと相手の付き添い方が、挨拶を交わす。
とっとと座って、メニューを広げてここの一押しスイーツを食して帰ろうなんて思ってたあたしだけど、相手方を見て固まった。

――――ありえない。

ありえないだろう。
忘れたいと思ってるのに忘れられない人物が、そこに、いた。
思い出される。
あの、一夜の相手。
酔い覚ましにコーヒーでもどうですかと誘われて、ここのホテルのスィートに誘われたことも、誘われて、その夜どう過ごすことになるのかわかっていたのに。
片想いの感情よりも、目の前にいる男の誘いを拒めなかったことも、それはけして嫌ではなくて、自ら望んだことも。

確実に一歩後ずさると、ガシっ叔母ちゃんに腕を掴まれる。

「さあさあ、座って、莉佳ちゃん」

怖いっ!!
叔母ちゃんの目が怖い……アンタこの場にで逃げるのかって目が云ってる!!
ってゆーか……みんなここにいる人、怖いっ!!
何コレ! 何コレ!!
なんのどっきり!?

「で、こちらが、鳴海慧悟さんです」
「初めまして」

こ、コイツ……初めましてなんてしゃあしゃあと云ってるけど目が………。
訴えてる!

ようやく見つけたぞ!

と、目が口ほどにモノをいってますからっ!
何、あたしなんかした?
そ、そりゃー初めてだったよ。
怒ってんの? 
20代ならまだしも、30女のバージンは重かったってことかい?
いやだ、だからあたし、あの日の朝、こっそりあの部屋を出たんですけど!?
自分の名前とかそういうのわかるの残してこなかった……ハズ……。
オーナー!
オーナーに問い合わせた!?
そこまで怒ってんのかい!?
ウェイターがあたしの好きなエスプレッソを運んできた。
いい香りなんだけど、いつもはこの香りでリラックスできるけど。
できませんからっ!
固まったまま促されて、渋々着席する。
なんの拷問だコレ。
そう思ったが、本当の拷問はこの後だった。
相手の付添人が、あれこれとプロフィールを羅列していく。
学歴や家族構成、現在の職業。
いーところの大学出て、いーところの次男坊。
父親は会社経営者で兄は跡取り、お気楽な次男坊ではなくて自立心が強かったのか自ら会社をたてて、現在はそこそこの飲食店何店舗も経営しているらしいこと。
そんなキラキラしたプロフィールを耳にして、あたしゃただただ、俯くばかりですよ。
もう紹介者は相手の親戚だろうから、目は合わせられませんて。
普通に高校卒業後、専門学校に入って調理師免許は取得して、まんまずるずるとパティシェと云えば聞こえはいいけど、菓子作りだけしてきました。両親死別だし、姉もバツ一でございますよ!
きらびやかなプロフィールを俯いたまま大人しく拝聴していると、相手方の付添人が、柔らかい声でこうのたまった。

「まあ、最近のお嬢さんにはないぐらいはにかみやさんで」
「ええ、少々、内弁慶のところがございまして」

ものは云いよう。
その単語があたしの脳裏に占める。

「でも、根はしっかりしてて、一途といいますか、手に職は絶対に必要と、そりゃもう小さい頃から思っていたらしくて、ずっとパティシェを目指してきたんですの」

おーばーちゃーんー!!
もうダメ、もうギブ!! あたし、帰る帰るわよっ帰るって云っちゃうからね!あたしのその決意を先読みしたのか、ヤツがいう。

「紹介も終わったことだし、僕達出てもいいですか?」
「ま、そうね、お決まりの定番文句云っていいのかしら?『じゃ、あとはお若い人たちで〜』って」
相手の紹介人がコロコロと鈴を鳴らすような笑い声混じりでそんなことを云うと、その言葉にあたしの隣に座ってる叔母ちゃんも笑う。
くっそ、何がおかしいんじゃ!!
ここでこの場を立ち去るのはあたし一人のハズだったのにもくろみがつぶれたのをあざ笑うように笑うな熟女二人!!

「じゃあ、莉佳さん、行きましょうか」

その言葉を出す声は、めちゃくちゃいい。
いいんだけど、なんていうの、言葉に裏に何か潜んでそうで、あたしは、はいともいいえとも言えず、恐る恐る顔をあげ、相手を見た。
イケメンの笑顔、イケメンの笑顔って癒しだって云うじゃない? 
だけどこの人……い、い、威圧的、支配的、権力志向的……。
逆らいたいのに逆らえない!
なんでも自分の思い通りにならないと気が済まない的な?
笑顔の向こうに、言葉の裏に、逃げんじゃねーぞと言外の含みがありありと!
あたしが立ちあがって、叔母ちゃんと紹介人の方に会釈だけする。
ここで逃げるしかないって、思ったら。
ガシィっと腕を掴まれた。

「意外とそそっかしいですね。転びますよ」

いや、転ばない、転ばないよ。大丈夫よ。
だからっその手をっ離してぇえええっ。