極上マリッジ 4






父親が生きていた頃はウチのカフェはモーニングをやっていたが、父が倒れてからはモーニングのサービスはやってない。
けど、あたしがこのカフェで働くことになったし、純平君もいるしで、モーニングサービスを再開しようかと話がもちあがってきた。
利益があがるかどうかはわからない。
純平君の就業時間とかと折り合いがつくかどうかが問題だ。
そんな営業会議をしていたところへ、電話が鳴る。
叔母からだった。
近所に住む、父の妹である叔母が「お話があるのよ、そっちへいってもいいからしら?」と切り出して、もちろんNOと断れるはずもない。
30分後に紙バックを下げて、叔母はうちの喫茶店に入ってきた。

「よかったわー莉佳ちゃんいたのねー」

ウキウキと弾むような叔母の声に、若干いやな予感を感じたのはいうまでもない。
叔母は……悪い人ではないんだが……。
世話焼き過ぎるというか……。
バツイチで出戻ってきた姉にお見合いの口を紹介しまくっている。
それが先週のあの一件があった翌日、姉との会話で「お見合いの口を紹介しようか」と姉がのたまった経緯だ。
もちろんその話がくるたびに姉はやんわりと断っている。
あたしに云うように一刀両断スパンとしたものいいは、親戚筋にはしない。
そりゃ妹と目上の親戚には、違いがあるから当然だけど。
そこが姉ちゃんの長女気質という部分だろうか。
「いいお話なのよー莉佳ちゃん」
「そうですかー」
姉ちゃん困っちゃうだろー、叔母ちゃんよー。
だいたいバツイチ子持ちを嫁にとろうなんて男は怪しいって。
まず見た目。
姉ちゃん33歳だけどまだ20代後半でイケルって。
でも叔母ちゃんがもってくる男は、見た目は若い感じだがデコが幅広くキラめいていたり、横にボリュームがあったりが大多数。
男も女も見た目じゃないのはわかってますがね。
中身だってわかってますよ。
でもでも云わせてもらうなら、写真から見受ける印象はどこからどう見ても、姉ちゃんの前夫系なんですよ。そりゃ前夫は見合い写真の男達よりもビジュアルはもうちょい、上だったけど、オーラというか印象というか。
なんていうの? アライグマとか? タヌキとか? 人畜無害そうだけど、けっこう雑食だし荒っぽく、愛敬で持ち前の根性悪さを押し隠す的な?
その可愛さにあれこれ世話を焼いてもらっても当然的な?
そういうタイプ。
ちなみに純平君は見た目、鹿とかガゼルみたいな草食系です。
……ああ、ヤバイ、忘れようとしてるあの相手を思い出した。アレは、がっつり肉食系。ライオンとか虎とか豹とか……。ワイルドで見た目カッコイイけど骨の髄まで食われそうな?
ああ、思い出すな自分っ!
眠れなくなるだろっいろんな意味でっ!

「お見合いはやっぱり、いろいろ条件合わせのところがあるからー莉佳ちゃんの為に叔母ちゃん頑張ちゃった」

うふ。っと語尾にハートマーク付いてるんじゃないかってぐらいに笑っておりますがー。
あたしが目線を姉に向けると姉は顎を突き出す。

――――アンタ向けの話みたいよ。
――――マジデスカ!?

アイコンタクトで姉との会話がなされる。
まさかと思い叔母に尋ねた。
「お、お、叔母ちゃん、あの、その話、姉ちゃんにだよね!?」
「やーねー! 莉紗ちゃんはまだ探してるのよ!」

――――ちょ、まだ探してるってよ!
――――て、コレあたしあての話ですか!?

再び姉妹でアイコンタクトで会話。
「あ、あのね。叔母ちゃん」
叔母の話をなんとか阻止しようと思ったが、あたしが叔母ちゃん相手にこの話をスル―できる確率は1%ぐらいなものだ。
「莉佳ちゃん……あなた、幾つになったの?」
「……30……」
叔母ちゃんはおもむろに溜息をつく。

「いまどきの若い人は30になっても自分の事は自分で主義だけど、老後のことを考えてるの?」

考えてますよ。
だから逆に結婚しない方がいいんじゃ?
自分の食いぶちは自分で賄う。
いいじゃん。別にあたし、贅沢しなきゃなんとかなるでしょ。

結婚は相手があってできること。

独りではできない。
そして相手は自分以外の人間なわけ。
趣味も同じで考え方や嗜好までぴったり一致〜な人間が自分以外に存在するわけない。
一緒に暮らせば普通に親兄弟とぶつかり合うのに、結婚は赤の他人とのぶつかりあいが絶対にないとは思わない。
そういうことがあったからって、話が合わない、我慢できない、だから即行別れるなんてホイホイできませんよ。
姉ちゃんみたいなケースはまた別ですが。
ぶつかりあっても、ふたりで人生歩いて行けるっていうのは、やっぱりそこに愛がないと。
でも。

見合いに愛ってないでしょ。

叔母ちゃんが云った条件と条件のすり合わせだ。
条件が合う合わないで結婚生活してやっていけるのか?
愛は結婚後に育めばいいとか、お見合い結婚を認めている人たちの意見がありますが……あたしには無理だな……。
夢見過ぎちゃってんのかなー。
いやいや、結構これでも現実的だよ?
だってねえ。
結婚すると男は女に家のことをしてくれとか思うのよ。
三食昼寝付きの生活をさせてやるんだ仕事を辞めろと。
と、これは飽くまで稼げる男の発想。
でもさ、結婚して嫁を貰ったら扶養家族控除はあるけど男の給料が二倍になるわけじゃないんだって。
それでもってこの不況よ。
実際問題、男だって女の稼ぎがないと結婚生活成り立たないのが現状よ。
女は仕事して家事もして育児もしろ、けれど俺より稼ぐな、仕事の時間を取り過ぎるなとこうくるわけよ。
絶対、平等じゃないから結婚。
一緒に店をやるとか、あたしに好きなだけ仕事に時間をかけて怒らない男ならいいけどさー。
そんな男はまずいませんよ。
「子供はどうするの?」
「……子供は、別に産まなくてもいいかと」
「人生何があるかわからないものなのよ。頼りになる伴侶がいるのといないのとでは、違うのよ」

いやーそんな積極的に生活に変化をもたらしたいと思わないんですけれど……。
気持ちが潤うような恋愛ならウェルカムですが、結婚はやっぱちょっとなー。
それに、頼りになる男って、すでに売約済みがほとんどが世の常なんだと思うのですが。
「亡くなった兄さんだって、莉佳ちゃんのことは心配してたんですもの」
叔母ちゃんいろいろカードを切ってくるな。
「それに……この店の規模で三人経営で成りたっていけるの?」
「あんた恋愛はしたいって云ってたじゃんよ」
う、裏切り者っ! 
姉! お前、この話が自分の話じゃないからって、好き勝手云うな!
「お見合いだってね、出逢いの一つだと思うのよ? そこから恋愛に発展して結婚すればいいのよ? メールとかネットの出会い系よりも、しっかりした身元のわかる連絡先もあれば仲介人もいて――――」
ソレがあるから断れないんじゃ――――!!
叔母ちゃんノリノリでたたみかけにきた。
「それにいいお話なのよー実はね、莉佳ちゃんが前に勤めていたお店のオーナーさんからの打診なのよ」
「っ!!」

オーナー! お前、辞めた社員になんて話を持ってくんのよっ!?

「もうセッティングしてきたからね。来週よ。いいわね?」

おい決定事項ですか?
前振りでこれから段取りじゃなく、全部セッティング済み?
純平、あんた影でこっそり、安心した溜息をつくんじゃないっての。