極上マリッジ 3






極上マリッジ 3






「ママー、ジュンペーくん、りかちゃん、ゆうりは、ようちえんにいくね」
園帽子をかぶって、ダイニングに現れる優莉。
「あら。そんな時間?」
姉がちらりと壁にかかる時計を見る。
「オレ、園バスが来るまで、優莉ちゃんと店の外にでてます。オーナーも莉佳さんもゆっくりしてください」
「え、いいよーわたしが行くよ」
「開店までまだ時間あるし、今日、作業が早めなんで大丈夫」
「そ、そう? 悪いね」
「いいえ」
純平君がにっこりと笑う。
「じゃ、いこうか、優莉ちゃん」
「はあーい。いってきまーす」
「行ってらっしゃい」
姉は手を振る。
玄関のドアが閉まると、姉はダイニングチェアに座る。
「あんたがこの店手伝ってくれるっていうからさー純平君にも、新しい職場を探そうとしたのよね」
え!? そうなの初耳だよ!
そんなあたしの表情を読んだ姉は頷く。
「そうよ、だけど、あの子、ここで働かせて下さいってさー千と千尋の神隠しのように一点張りよ」
姉よ……気づけよ……純平君は、あんたに気があるんだよ。
あたしも最近気づいたんだけどさ。
この姉が気付かないはずはないんだけどなー。
あたしが無言で姉を見ると、姉は気不味そうに視線をそらす。
「姉ちゃん……」
あんた。
「な、何?」
もしかしてまさかとは思うけど。
「気がついてるの?」
「な、何が」
「純平君の気持ち」
「な、何を……」
「気づいてるのか……」
「なっ!」
「純平君が、姉ちゃんのこと――――」
「云うなっ!」
ダンっと自分のマグカップを音を立てて置く。
……わかってるんだ。
そりゃそーだよな、あんな子犬のようなうるるな瞳で見つめられちゃった日には、恋愛経験値ゼロのあたしにだって、わかっちゃうわ。
まして、恋愛も結婚も離婚も経験してる33歳はわかろうってもんよね。
あたしがこの店を手伝うなら、パンやちょっとしたスイーツを作る純平君はお払い箱だもん。
次の就職先をアタリをつけるぐらいは、この姉ならするだろう。
見た目がちょっと頼りない感じだけど、5年のキャリアだし、真面目だし、どこに出してもいい仕事しそうだ。
「純平君の就職先、見つけてんの?」
「ここに豆を卸してくれる藤沢さんに頼のもうとしたんだよ。どっかに給料のいいカフェとかパン屋ケーキ店とか求人があったら教えてくれってね。でも、それを聞いた純平君が、例の台詞ですよ」
「あー……」
姉がおもむろにあたしに視線を向ける。
「しょーがないから純平君もあんたも雇うわよ。けど、ちゃんと働いてくれるんでしょうね。それ大前提だから」
二人とも雇っちゃうんだ……。さすが姉……。
「働くわよ」
「働けないなら、嫁に行きなさいよね」
嫁……。
「相手いないのに無理……それに、出戻ったらどうすんのよ」
姉に対しては禁句だがあえて云う。
その可能性はあるんだってば。
「幸せな結婚するのがベストだけど、人生はそう、うまくいかないからね。出戻ったら働きなさいよ、いいのよ、働けば。父さんも母さんもいないけど、ここはあたし達の家なんだから。あたしと、あんたと優莉が暮らす家なの」
きっぱりと言い切る、姉。
くっそなんかカッコイイわー。
けど。
「そこに純平君は、入らないんだ」
「入るかっ」
「どして?」
「8歳も下の前途洋々な若者をどーしよーってゆーのよっ!?」
姉ちゃんはあんな結婚しちゃったからなー。
もしかしたら、あたしよりも結婚観についてはもっとシビアなのかも。
目の前にいる可愛い年下青年とのラブロマンスよりも、育児と店舗経営で頭も気持ちも一杯なんだろう。
常識を逸脱するようなことには手も足もつっこみたくないんだろうな。
「あー」
「そんなに純平君が気になるならあんたが結婚しな」
「へ?」
「純平君ならいいわ」
ちょっとちょっと、なんか目がマジ入ってるけど……。
「やーよ」
「何よ不満なの? あんたの年齢なら姉さん女房の範疇にはいるでしょーよ」
「年齢じゃないのよ、気持の問題、ハートの問題でしょ」
純平君の気持ちはそこにないだろう。
あたしも、そうだよ。
純平君は弟カテゴリーですよ。
「ハート云うか」
「云うわ。云わせてもらうわ。これでもあたしはあきらめてないのよ」
「結婚した後輩のことか?」
「ち・が・うっ! そのことはいいの! もうふっ切れてんだって云うのっ!」
いや……うん、だからその、昨夜の一件でふっきれてます。
「だから、その……つまり……」
「なに?」
「だからまあその……あたしは、その……姉ちゃんみたいに、学生の時にバンバン恋愛したタイプじゃないじゃんよ、その分、思い入れが強いのよ。結婚するよりもまずは恋愛したいなあって」
「……恋愛メンドクサーな人からそんな台詞を聞くことになろうとは。なんか心境の変化でもあった?」
「前から思ってたんだよ。荻島と日和を見てて、付き合ってるんだよねって、こっちが勘違いするぐらいで、でも、実はつきあってなくて、それを指摘したら、二人してそ、そんなことないよって、高校生みたいにテレテレしちゃってさー」
「昭和の少女漫画みたいな?」
「そうそう、それそれ」

――――そういうの悪くないなあって思うんだけど……。

理想と現実は違うんだな。
あたしはきっと恋愛も結婚も上手くはいかない人なんだよ。
そういうドキドキとか憧れとかすっ飛ばして、ヤッちゃったもん。
昨夜の記憶はシャワーと一緒に流れてくれって祈ったのに、やっぱり無理だったわ。
まるで一生の恋愛を昨夜してきたみたいな気分だ。
あの男と二度と会うことは多分ないのにさ。

「まあありえないわな」
「……」
「何?」
「いや、よかったらお見合いの口探してやろうか?」
お前が云うなよ。
この先、女手一つで優莉と店を切り盛りしていくのかよ。
年下の青年とのロマンスに飛び込まないなら、現実見て、アンタと優莉を養ってくれる男を世話してもらった方がいいんじゃね?
そこまで考えると、あたしは首を横に振る。
姉の立場を置き換えて見れば、自分の力量で現在なんとかなるのに、また結婚なんてしたくないか。

「コックコートに着替えてくる」
「うむ。めちゃくちゃ上手いスイーツを作るべし」
「了解なり」

食いぶちの為には稼がないとな。