awkward lover12




―――――――誰かのことを、こんなに考えたことは、ないかもしれない。


「かっこよかったんだよ、多田さんに意見している君が。前向きに仕事を一所懸命やっているのが、ほんのちょっと会っただけなのにわかった。それぐらい印象が強くて……」



この告白を受けて1週間近くになる。
この言葉を云ってくれた彼のことを、考えて眠れないまま大学――――そしてバイトに向っている佳純は、授業も仕事もケアレスミスが続いていた。

「 佳純、あんたどうしちゃったの?」

バイト先の多田に云われて、この人に云われたら、もうバイト辞めるしかないかもと冗談交じりに呟くと、多田は佳純の頬を引っ張る。

「悪い口はこの口かあ?」
「ひひゃい」

多田は、ピッと指を離す。

「何よ、どーしたの、お姉さんが聞いてあげるから、云ってご覧なさい」

佳純は何を何処から説明しようかと思うが、簡潔に云おうとすると、伊崎に告白されたということなので、照れくささが入る。
はっきりしない相槌をいれるが、そこはやはり 佳純の性格を見ぬいている多田である。

「伊崎君?」

確信を突かれて、誤魔化したいのだが、その落ち着きの無い視線のさまよい方に、多田はああやっぱり図星だなと思う。

「なんか……ずっと考えているんです……その、伊崎さんのこと……」

佳純は俯いて、ごにょごにょと呟くように云った。

「そういう私自身がなんだか、情けないです、それで失敗してばかりです」
「えー、だってそれは仕方ないじゃん、好きなんでしょ?」
「?」

佳純は顔を上げて首を傾げる。

「それは恋じゃん」
「……」
「あんた、自分以外の人のこと好意を持って思うのは、恋じゃないとでも?」
「簡単に結論だしていいんですか?」
「融通がきかないわねえ、いいのよ、勘違いでも恋愛はしてみるもんよ、一度もしないより」
「一度はしたんでもういいかなって……思ってたんです……失敗したし」
「ばっかじゃないの? 失敗すんのは当たり前なの! 初恋が実ってずっと幸せ超ハッピーなんて云ってる人間がいたらお目にかかりたいわ、そっちが少数派だと思うわよ」

確かにそういう人間に知り合ったことが無いので佳純は納得する。

「恋愛なんてね、出来るうちにしとくもんだよ」
「前向きに取り組めない場合はどうします?」
「あんた、伊崎君に不満でもあるの?」
「それはなくて、なんとういうか……相手が不満に思わないかなと……」
「うーわー、何それ」
「?」
「不満に思われたくなければ、女を磨けばいいだけの話」

確かにそれは正論だ。

「いーじゃんよ、カッコつけなくても、ダメダメちゃんでも、全部晒して呆れられても、そこがいいと思ってくれる人がいるだろうし、相手もいやな思いをしたら、直せと忠告してくれるでしょうよ」
「すごくポジティブシンキング……さすが多田さん」
「アンタは結構卑屈っぽいからさ」
「そうは思わないけれど……」
「じゃ、自分の良さってのをわかってないっつーか……人見知りはするし表情は硬いし、仕事バカだし、だけどあんたは、結構可愛いところあるのよ、なんでも一生懸命でさ。あたしは好きよ」
「……」
「佳純?」

多田は彼女を見ると、彼女は僅かに笑っている。
その笑いはどこか大人びてて、もちろん、いつも年齢の割りには落ちついてはいるけれど、さっきと比べると、段違いに晴れ晴れとした表情をしている。

「じゃ、直接本人に会ってきます」

佳純は携帯から伊崎の事務所に電話をかける。
電話に出たのは吉井だった。
佳純が名乗ると、吉井はどうした?と尋ねる。

「伊崎さん、本日渡米ですよね? 成田から出発ですか? 何時の便か御存知ですか?」
「成田からだよ。17時50分発の便だけど、どうかしたのか?」
「いえ、ありがとうございます」

携帯を切ると、 佳純はヘルメットを持つ。
ホワイトボードに外出と記入する。
多田は「まさか…」と呟く。

「ちょっと成田まで行ってきます」
「あのオンボロのベスパで?」
「失礼な、年代モノです、オンボロじゃないです、メンテだってばっちりです」
「高速乗り上げられないわよ」
「もちろん一般道から行きますよ」
「ここは東京の中心地よ、そこから成田までいくの? アレで? やめて、やめて、アレだけはやめて! つか、アレはもう処分しなさいよ」
「もったいない。祖父の形見なんですよ」
「交通費は貸してあげるから、成田EXかスカイライナー使ってえ!」
「……いやでも悪いし」
「悪くないから、事故ってからじゃ遅いのよ! 会いに行こうというその姿勢は判ったから、安全な交通手段をお願い!」

多田は 佳純のヘルメットを取り上げて、一万円札を握らせる。
佳純は戸惑ったように、握らされた右手を見つめる。
が、佳純は静かに呟く。

「ありがとうございます」




伊崎が出国審査を通る前に、会わなければならない。
本当なら借りたお金だから、一番安い交通費でいける電車を選択したかったのだが、時間的にスピードを優先させずにはいられなかった。
方向オンチではないのだが、過去数回しか利用したことのない空港の構造に迷うこともあるだろうと思ってのことだ。
移動中の成田EX内で、考えることはいくらでもあるけれど、こんなにイライラしたことはない。
多分、多田の云うように、ベスパを利用するよりも、確実に早く空港に到着できるけれど、その間、何もしないでいる状態が耐えられない。
伊崎に会えたらなんて云おうかと考えればいいのだ。
窓から流れる景色を見ていた。
だんだんと都心部から離れていく、建物よりも緑が視界に広がっていく。
伊崎に誘われたデートを思い出す。
言葉なんて、あまり出てこなかったけれど、でも、佳純は居心地は悪くなくて、伊崎もそうであればいいなと、そう思って、彼を見上げた時、彼は穏やかな笑顔を向けてくれたのを憶えている。
それが、幸せな気持ちというなんだろうなと、今になって思う。

終点に辿りつくと、大荷物を抱えてホームに降り立つ乗客から見れば、あまりにも身軽な自分に少し違和感を覚えるが、そんなことはホームに降りて改札を抜けたらどうでもよくなっていた。
北ウィング方向を探して走り出す。
時間はまだ早いかもしれない、彼はまだ到着していないかもしれない……。
だけどアナウンスは、彼が搭乗する便のインフォメーションを始めた。


――――――――だめかも、どうしよう、見つからないと、今、云わないと……。

別に今じゃなくても、彼は帰国したらまた佳純に会いたいと云ってくれたのだから、後日でもいい。
けれど、佳純の中で今じゃないと駄目だと思うのだ。
もちろん、今、会ってきちんと話せる自信はない。

―――――――だけど、逢いたいの……自分以外の誰かのコトを、こんなに考えたことはないから。

過去の恋愛よりも、特別な今の感情が……薄れないうちに……。

―――――――ああ、でも、やっぱりもうゲートに入っちゃったか……。

佳純はきょろきょろして、出国審査の方に視線を向ける。
平日でシーズンも終盤だが、ロビーでは、利用客がごった返している。

「…… 清瀬さん……」

背後から、訊きなれた声が 佳純を呼ぶ。
驚いた表情で彼が立っている。
伊崎の横にはマネージャーらしき人物がいた。
彼は伊崎と 佳純を交互に見て、先にいくぞと言い残して出国手続きに入っていく。
佳純は伊崎を見上げる。

「あの……」
「もしかして、見送りに?」
「それもありますが、話が……したくて……」
そうは云うけれど、声が詰まる。
「話?」

――――――――どうしよう、声がでない、何も云えない……。

「 清瀬さん?」

佳純は伊崎を見上げてたまま、固まってしまう。
相手に時間を取らせちゃいけないのに……。
だいたいこれからまた大きな大会に出場する選手を捕まえて、云うことじゃないだろう。
頭ではわかっていたが、 佳純はここまできてしまったのだ。

「伊崎さんが……云うから……あれから、もうずっと伊崎さんのことを考えてて、大学もレポート忘れるし、バイトでもミスするし」

―――――――違う、違う、こんな非難めいたクレームが云いたいわけじゃない……。

「それは悪かった」

――――――違う!

「だから、そうじゃないの! そうじゃなくて、その、だから、だから……」
「……」

佳純は、自分の語彙の乏しさ、肝心なことを伝えられない不器用さが――――こんなにもどかしいと思ったことはない。
彼に伝えたいのに……。
佳純は両手の拳を自分のこめかみにあてる。

「自分以外の――――――誰かのことを、こんなに考えたり、想ったりしたことなくて……」

涙が落ちる。
こういう場面で泣くのは卑怯だと、ずっとずっと思っていたけれど、心の何処かで、自分の気持ちを伝えたいなら、例え少し卑怯でもいいだろうと声がする。

「苦しいのに、貴方を思い出すんです、自分のことばかりだった私なのに、貴方を想うんです」

握りこぶしで涙を拭う。

「……だから……その……私は貴方が――――――好きなんだと思います……」

佳純は次の瞬間呼吸が止まる。
伊崎が力強く佳純を抱きしめる。
抱きしめる腕の強さが 佳純の呼吸を止める。

「好きなんです」

苦しいけれど、もう息ができなくてもいいと、そう思いながら、伊崎の腕に身体を委ねる。

「本当に?」

答える替わりに咳込んでしまうと、あわてて伊崎は腕の力を緩めるが、それすらも名残り惜しそうだ。
咳込みが治まると、佳純は頷く。

「佳純と……呼んでも?」

佳純は頷く。
伊崎が、今度は腕に力は緩めて彼女を抱きしめる。

「自分以外のことしか、考えられないだろうって云われて、自分自身でもそう思ってたんです……でも……伊崎さんは……そうじゃないみたい……」
「ありがとう」
「それは、私が貴方に言いたい言葉です」

伊崎は 佳純の額に自分の額を当てる。
彼の親指が、彼女の涙の後を拭って頬を軽く擦る。
だけど、彼女は案内の放送を気にし始める。
伊崎もわかっているけれど、そういう戸惑っている彼女もすごく愛しくて、ずっと抱きしめていたくなる。

「伊崎さん……搭乗のアナウンス……」
「ああ……行ってくる」
「頑張って下さい」
「すぐに戻る」

佳純がコクンと頷く。
伊崎は 佳純に軽く耳打ちする。

―――――帰ってきたら、大人コースでデートだな。

佳純は伊崎を見ると、伊崎は 佳純の髪をクシャっとかきまぜて、ゲートへと歩き出す。
耳打ちされた耳に手を添えて、 佳純は小さく伊崎に手を振る。
伊崎がゲートへ向う後ろ姿を見送る。

振りかえらないだろうと、 佳純は思った。

その彼の後姿を、 佳純は見送る。手を振る。涙も止まり、深呼吸する。

佳純が息をついた瞬間、彼が振りかえってくれた。
たったそれだけなのに、嬉しかった。
別れ際が、こんなに切ないなんて、初めて知った。
だけど感謝の気持ちでいっぱいになる。
こんな気持ちを教えてくれた彼に、 佳純を好きになってくれた彼に、嬉しさと同じぐらいの感謝を捧げたくなる。

―――――今、「行ってらっしゃい」の一言でも言ったら、また泣き出しそうだ。

それは迷惑になるから、彼が心配するかもしれないから、だから、とても幸せなんだと……そう見えるように、笑顔で彼を見送る。
心の中で、

―――――ありがとう、大好き。

この言葉を何度も何度も繰り返しながら……。










END