awkward lover11




「では、お届けは1週間から10日後になります」
「お願いします」

伊崎との「小学生コース」のデートで、佳純はガラス工芸の体験をした。
そこで出来あがったものは、後日郵送されるらしい。
その手続きをとる。
ガラス細工の工房で、高熱で赤く溶け出すガラスが綺麗で、2人で小さなタンブラーを作った。
ふれあい動物コーナーで、ウサギやハムスター、ひよこを掌に載せてみたり、山羊の餌やりもした。
そうこうしていると、日が傾き始めた。

「どうした?」
「お土産を買いたいんです……」
「そうか」

最後にお土産を―――バイト先に菓子折り、実家にも同じモノを輸送の手配をし、多田にも、個別にお土産を選ぶ。
ハーブの入浴剤なら無難だろうと思い、包んでもらう。

「夕食は、ここの近辺のペンションに予約を入れてある」
「……」

佳純は伊崎を見上げてると、伊崎はポンと佳純の頭に手を置く。

「夕食だけの予約だから安心するように」

佳純は、一瞬同様が顔に出ていたのだろうかと、店内のガラス戸を鏡代わりに見まわす。
その様子が伊崎には、可笑しかったらしく、笑いをこらているようだった。

オレンジ色の空になると、伊崎は 予約していたペンションに佳純を連れて行く。
最近レストランから開業した店で、口コミで知る、穴場。
ハーブを効かせたローストビーフ、煮込み系料理も、人気の店。
シェフはまだ若くて童顔だが、料理の腕は確かで、給仕をしているのは彼の奥さん。
店内は、若いカップルが多くて、端から見れば、佳純達もこんな風にみえるのだろうかと思う。


――――――それにしても、バランス悪いよね……私と伊崎さんじゃ……。


美味しい料理を最後に堪能して、佳純達は、都内に戻ることにした。
心配していた渋滞に巻き込まれることなく、車の中では静かに過ごした。
静かな分、いろんなことを、佳純は考える。

伊崎はこうして佳純を誘ってくれた。
多分、なんとも思っていない女性を、誘ったりはしないタイプの人物ではある。
佳純だって、恋愛はしてきた――――――。
オトコノコとぜんぜん、デートとかしたことない……というわけでもない。
が、そんなに恋愛に長けているわけでもない。
どちらかといえば前回の失敗が身にしみている。



(――――――おまえが、何考えているのか、俺にはわかんねえよ)



元彼が云った別れ際の科白。



(お前は、そうやって、ポーカーフェイスだよな、俺が何を云ってもショックじゃないだろ?)



彼が、佳純のことを理解しきれていなかったのが原因かもしれない。
佳純が1人暮しをしていても、いろいろとバイトを始めて時間が取れないことに、苛立っていたのもわかる。
メールも電話もこまめにするタチではない。
普通は、付き合っていれば、例え用がなくとも、声を訊きたいとか、会えなかった時間に起きた些細な近況報告とかのメールを送ったり。そういう行動が普通だろう。
でも佳純は、目の前の課題を一つクリアしていくのがやっとなので、連絡はもっぱら受信のみ。
それすらもいちいち返信できる状態ではなかった。
そして、佳純が、彼に連絡が取れるように、落ちついてきたら、今度は彼の態度……状況が変化していた。

彼がしたことは、 佳純にはショックではあった。

佳純には親友がいて、最初はその親友の彼の友人――――――そんな紹介で彼と付き合いはじめた。
が、親友のカップルが破綻しそうになり、その相談を佳純の元彼に―――――が、きっかけで、親友は彼と別れ、佳純の元彼とくっついてしまった。
もちろん、現在は彼女とも音信不通になっている。
彼は「ショックじゃないだろ?」と云っていたが。
佳純なりにショックだった。

―――――――そういう人間が、伊崎さんのような人と、付き合うのは……無理があるかも。

元彼に指摘された部分を完全には否定できない。
誰かと付き合うならば、相手への時間もきっちりとらなければいけない。
というか……相手を思うのは自然のことなのに、佳純はそれが出来ていなかったように思う。
多分、佳純がいろいろと気を配ったりしても、何もかもが空回りして、破綻した気がする。

―――――――伊崎さんの気の迷いなら、いいのにな。

車内から流れてくるFMのDJと音楽を訊きながら、高速の流れるテールランプを見つめる。
車の軽い振動に、赤い光が、綺麗に並んで揺れていく
それらがゆっくりと 佳純を眠りに誘った……。



佳純のアパートの近くまで、車をつける。
助手席の佳純は軽い寝息をたてていて、伊崎はどうやって起こそうかと思う。
安心しきった顔で眠っている無防備な様子の彼女。
エンジンを止めて、伊崎は溜息をつく。

「こんなに無警戒でいられてもな……」

伊崎の声すらも、聞こえていないようだ。
シートベルトが、彼女の小さな身体を支えている。
まるで、抱っこ紐に寄りかかる赤ん坊のようだ。
カチンとベルトを外すと、ベルトはシュルっと音をたてて収まる。
ベルトに支えられていた体が、フロントに倒れていくのを。伊崎が支える。

「……あれ……」

佳純は指先で目をこする。
見なれた街並みに、もう、自分のアパートが近くなのははっきりとわかっている。

「……」

佳純は自分の身体を支えているのが、シートベルトではなくて、伊崎の手だとわかると、驚く。

「ごめんなさい、マナー違反ですね……いや、本当に、普段は眠らないんですよ」
「いいや、目が醒めてくれて助かった」
「……ごめんなさい」
「目が醒めなかったら、危なかった。お持ち帰りしそうになったからな」

その言葉は、佳純にもしっかりと聞こえたが、どう切り返していいものか戸惑う。

「はい、お土産」
「え……」

伊崎が有名なブランドの紙袋を佳純に渡す。

「この間の遠征の土産」
「え……うわ、そんなお気遣いいただいて……」
「中に、リクエストのコーヒー豆が入ってる」
「……えーじゃあ、これはその……多田さんの分?」

バッグの方を持ち上げる。

「両方とも君の、多田さんにはこっちを渡しておいてくれ」

小さな紙袋を渡される。
お財布サイズなので、多分それであたりだろう。
佳純はコーヒー豆の袋を取り出す。

「ありがとうございます、よかったら、コーヒー飲んでいきます?」
「とても嬉しいけれど、その誘いは、ちょっと考えてから言った方がいい」
「……?」
「だから、この時間に女性が自分のアパートにお茶をと誘うのは――――捉えてようによっては、意味深じゃないか? ちなみに俺は、言っただろう? このまま君を……連れて帰りたいと」

もちろん伊崎の言っている意味がすぐに理解できたので、佳純は声を詰まらせ、何を云っていいか考える。
そして、ようやく小さな声で呟くように云う。

「ごめんなさい……軽率でした」
「呆れたか?」

佳純は首を横に振る。
伊崎に云ってもらわないと気がつかない――――― 佳純のそういう処は、直していくべきところなのかもしれない。

「男は単純だから、いいように誤解するんだ……、今の言葉を間に受けたら、お茶どころじゃないだろう? 俺は君に気持ちを伝えたけれど、君が俺に好意を持ってくれるかはまだ不明で、今現在、君にその気がないとわかっいる……頭では理解していても、そんなに無防備に誘われたら、嫌われて、2度と会ってもらえなくなるのが、簡単に予想できても、抑制が効かない時がある」

そこが、不思議なのだ。

―――――この人なら、別に私でなくてもいい……のに……

他に魅力的な女性はたくさんいるし、彼ならば、そういう女性と知り合う機会も多いはずなのに。

―――――どうして、私なんですか?

いつもいつも考えていて、疑問に思っていた。
今、彼はここにいる。口に出してしまえば、答えが訊ける。
第三者から見れば、思いあがりだろうと、指摘されるかもしれない。が、彼に好意を持たれていることは判っている。
だからこそ、その質問は言い出せなかった。
自分が、彼に対して、どう思っているのか、明確に説明できない。

――――――君は俺をどう思う?

そんな質問で返されたら、答えられないからだ。
嫌いな人物とは、絶対にこんな2人で出かけたりはしない。
楽しくて、あっという間に時間が過ぎて……。

「だから、ものすごく、前後した感じだが……つまり、ちゃんと付き合いたいんだ」
「……」
「迷惑だろうか?」
「…………なんと云っていいか……」
「来週からアメリカに行く……よく、考えておいて欲しい、返事は帰ってきてからでもかまわない」

「――――――あなたは私のどこがいいんですか?」

佳純の口から、自然と出てきてしまった。
伊崎は彼女がずっと、それを思っていて訊きたかったのだと、すぐに理解できる口調の強さ。
彼女は一瞬、云ってしまったとまずいと思ったが、開き直って、質問を続けることにした。

「……そんなに目の醒めるようなブスでもないですが、多分、そんなに美人でもないと思います。
スタイルだってそうだし、人見知りはするし、あんまり表情にでないし、会話とかもすごく楽しくないでしょ? なのに、何故、私なんですか?」

「一目惚れ」

「は?」

「一目惚れだからな、理由はつけられない。俺自身そういう状態の恋愛感情を持つなんて思っていなかったから、実は戸惑った」
「……」
「かっこよかったんだよ、多田さんに意見している君が」
「……」
「前向きに仕事を一所懸命やっているのが、ほんのちょっと会っただけなのにわかった。それぐらい印象が強くて……」
「……」
「そういうことだ」

確かに仕事は好きだし……。
そういう態度が普段からも周囲に見られているだろうという部分は、 佳純も納得できる。
そこに惹かれたと云われれば、それが答えなのだから、でもどうして? という追求はしなくてすむ……。
が、まだどこか信じられない部分がある。

「帰国したら、食事に行こう」
「……」
「返事はそれまでに考えておいてくれないか?」
「考える……」
「できれば、前向きないい返事を期待したい」

佳純は車から降りて、伊崎を見送る。



見送りながら、別れた彼の言葉を思い出す。

―――――――お前が何を考えているのか、わからない……

仕事に夢中になり、そして自分のことも周囲も見えなくて、付き合っている彼に云われた言葉。

――――――連絡を取らなくも平気なのは、自分以外に興味がないからだろう?

その一言を云われてしまった為、彼がした……連絡がつかない間に、親友とできてしまったことを責める事も出来なかった。
佳純はアパートの鍵を握り締めて、歩き出す。

――――――お前は誰も好きになんか、ならないんだろ? 自分だけが、実は大事なんだろ?

彼の……自分のしたことを棚にあげた逆ギレの、苦言だとしても、 佳純は、元彼に云われた別れ際の言葉を、鮮明に思い出していた……。