awkward lover7




どうして、ヤツ等はいつも勝手にこういうイベントを企画して、人を驚かすのが好きなのだろう。
そんな声が聞こえてきそうな伊崎の表情。
わざとそれを無視して細井も吉井も、河口も、楽しそうな表情を浮かべている。



一週間前。
帰国して実家に戻るなり、母親から「来週末、花火大会にでかけるんでしょ? 浴衣どうする? 新調するの?」と云われて面食らう。
吉井に事情を訊こうと連絡をとると「花火大会だから、浴衣着用でよろしく」とのこと。
勝手に決めるなと怒鳴りつけたくなったが疲れているのでやめた。
その横で母親がいそいそと前の浴衣を取り出して、伊崎に合わせ、「うーん、やっぱり新調したほうがいいかしらねえ」などと呟く。
「何時までも仲のいいお友達がいていいわね、隆哉」と笑顔で云われてしまい、浴衣はもう、新調するなりなんなり好きにしてくださいと云って自室に戻ったのである。



「何で、そんな不機嫌そうなの」



背後の声に伊崎は振り向く。
2歳下の後輩。ダブルスではパートナーの篠宮が立っていた。
出会った頃は身長差があって、目線を下に向けたものだったが、今は視線のすぐ傍にある。
浴衣姿の可愛い彼女2人は、彼の両サイドをがっちりキープしている。

「伊崎せんぱーい。お久しぶりでーす」
「お久しぶりです」

結香と梓が挨拶をする。
和樹が彼女達に向こうにいっておいでと促すと、彼女達はきゃあきゃあ騒ぎながら、他の先輩達に挨拶していく。
この後輩の顔を見て、伊崎は溜息をつく。
大きな大会では時折鉢合わせするこの後輩も今日はいるのだ。
彼女は人見知りするタイプだから、コイツの傍にはよらないとは思うが……。

「先輩の好きなもの、揃えてくれてるし、もっと嬉しそうな顔をしたら?」
「欲しいもは自分で手に入れる」
「でも、彼女相手では進展してないんでしょ?」

和樹の言葉に伊崎がピクっと眉をひそめる。
なんでコイツまでそういうことを知っているのかと、あやうく怒鳴りつけるところだった。

「みんな、先輩が大好きなんだね、あいかわらず」
「……」
「オレにも紹介してよ、彼女」
「多田さんが紹介するだろうさ、月刊プロアスリートで編集アシストをしている」
「あ、そうなんだ、それで知り合ったんだ。へー。だからか」
「何が?」
「今までの彼女達とは雰囲気が違う」
「だろう」
珍しく、伊崎が本音を洩らしたと、和樹は目を見張り、伊崎と彼女を交互に見る。
まあ、自分にはない恋愛の仕方だなあと和樹は内心思い、多田に話しかけることにした。
多田はやはり彼女を紹介する。
その様子を見て伊崎は溜息をつく。

「で、細井先輩。そろそろ、どうすんの?」
和樹は細井に尋ねる。
「伊崎焦れてた?」
「かなり」
「あーそう……」

河口が 佳純に話しかける様子を見ながら、相槌を打つ。
あの河口をもってしても、なかなか打ち解けない佳純の状態を見て、考え込んでいるようだ。

「河口とかオレとかって、結構メジャーに女の子受けするタイプだと思ったんだけどさー」
「みんながみんな、細井先輩や河口先輩がタイプってわけじゃないでしょ?」
「ジャンルの範囲は広いと思ってたんだけどなあ」
「伊崎先輩がおとせないんだから手強いんでしょうよ」
「篠宮もそういうかー、伊崎は別に恋愛上手でもないぞ」
「だから、なおさらですよ、伊崎センパイは黙ってても女の方から寄ってくるタイプ。それなのに反応がないところが、手強いって」

細井や河口のように雰囲気やトークも、女の子を意識して受けることはできるが、それにのってこないところを、この後輩は指摘しているのだ。

「じゃ、ちょっと、彼女を自由にしてみよう、伊崎にまだ挨拶もしてないだろうから」
「挨拶ぐらいはするでしょ?」
「河口とがワザとガードしていた」

それがどういう効果を呼ぶかなと細井は思う。
細井と和樹の会話を訊いていたかのように、河口は彼女からタイミングよく離れて、細井と和樹に近づく。

「やあ、篠宮」
「こんばんは、河口先輩」
「どうだった?」

細井の言葉に河口は苦笑する。

「難しかった。表情があんまりでない子だったし、会話が全部、社交辞令なんだなって対応だしね、ノリは悪くないけど、一線はびっちりひかれる」

そんな彼女はようやく多田の傍に戻って、ほっとした表情をみせている。
やはり着なれない浴衣に慣れない場所、慣れない人多数の食事会、彼女にとっては結構、厳しい条件ではある。
多田が誘わなきゃ、まず断られていただろう。
伊崎もそれを知っているから、このイベントを企画した細井達には感謝も少しはあるものの、余計なことをやらかしてと、思っている。

「佳純」

多田に呼ばれて、佳純はほっとした表情をする。
戸惑いを隠せないのは佳純の性格からしてまあ、当然だなと多田は思う。
細井達の画策も、多田は理解はしているものの……。
こんなに佳純が気疲れするなら、やはり自分は断ればよかったと少しばかり後悔していた。

「伊崎君に挨拶してくれば?」
「……」
「細井君たちは、あたしが話しをひっぱっておくからさ」
「緊張する……」
「会話が弾まなかったら、あたしのところに戻ってくればいいわよ、花火見て、うなぎ食べて、帰ろう」
「……はい」

佳純はコクンと頷いた。



「伊崎選手」

声をかけられて、伊崎は彼女の方に振りかえる。
浴衣姿だと、いつもより大人びて見える。それは多分柄のせいだろうか。
白地に紺の大きな縞に、桔梗をあしらい、帯が赤なので見た目はレトロなデザインとカラーだ。
多田あたりはなんて地味なと云いそうだし、実際云われた。
はっきりいって、こういう渋いレトロな浴衣は多田の年ぐらいにならないと、似合わないだろう。

「お帰りなさい」
「ただいま。似合うな、浴衣」
「そうですか? これは、姉に借りたんで……、ちょっと大人っぽく見えるからかも……多田さんは、また渋いのをとか嘆いてて」

自分の浴衣を、着付けが崩れてないか確認するように見ながらそういう。
素直に「有難うございます」が何故云えないのだと、多田は遠くでその会話に聞き耳をたてている。

「そうか、お姉さんがいるんだ」
「弟もいます」

意外な家族構成だなと伊崎は思う、この性格ならば一人っ子だろうと思っていたのだが、予測が外れた。

「兄弟が多いんだな」
「細井さんのおうちもそうらしいですね、3人兄弟」

多田はまた「あああ、何故そこで細井君の名前をだすのよう」と内心嘆いているが、表情はみんなの会話を聞いているように装うって、片手にビールジョッキを握る。
その多田の心配をよそに、窓の外から色鮮やかな光と、少し遅れて、大きな音が響いてくる。
みんな窓際に集まる。
多田は2人の様子を確認して、始まった花火にだけ注目することにした。



「花火大会なんて……久しぶりです」

そういえば伊崎も学生の頃に見たきりだったなと思う。

「そうだな、俺もだ」

佳純は打ちあがる色鮮やかな閃光に見惚れる。

「――――なんだか、小さい頃に見た花火より、いろんな形がある気がする。こういう特等席での花火見物って初めてですよ」

でも、多分伊崎はこういう場所での花火には見なれているのかもしれない―――――。
打ち上げ場近くの人込みにまぎれの花火大会の方が、無縁なのかもしれないと、佳純は思う。

「子供の頃は、人込みの中でも、夢中で見ることができました……」
「俺も……学生の頃、渓流釣りに行って、実はその日が地元での花火大会だった。それ以来かもしれない。そこでの花火は、こう伝統ある大きな大会とは違うけれど、山間から見る、花火と夜空の美しさは、印象深かった」

そう言われて、佳純は山間からの花火を想像してみる。
多分、彼が見た花火も綺麗だったのだろう。

「山間からの花火……」

もちろん、こうして見る花火も綺麗だけれど……。

「すごく綺麗でしょうね。でも、意外です」
「何が?」
「試合以外は、もっとインドアなタイプかと思ってました」

佳純の言葉に伊崎は答える。

「アウトドア派なんだ、釣りとか登山とか……」

伊崎の外見とあまり会わないような気がするけれど、基本的には身体を動かすのが好きなんだろうなと、佳純は思う。

「今度……よかったら一緒にいかないか?」

佳純はそう言われて、伊崎を見上げる。
社交辞令なのかなと、そう思って伊崎を見たのだが、そうじゃないのかもしれないと佳純は考える。
真剣な視線というのはわかる。

「ちょっと、苦手です」
「?」
「アウトドア……」

素直に、自然と言葉がでていた。
社交辞令ならもっと適当に、「ああ、そうですね、誘ってくださいよ」と軽く云える。
さっきも、河口が佳純に語りかけていた話しは、ほとんどが社交辞令なんだろうと、そう思って、適当に相槌を打ったし、彼が誘った言葉にも表面上は快く応じているように見せることができただろうと思っている。
河口の誘いは多分実行されないものだろうと、佳純は察していた。

「初心者でもOKな場所なら、お付き合いできるかもしれません」
「わかった、小学生コースで調べておこう」
「小学生―――――……って、あんまりじゃ……」
「初心者も小学生も変わらないだろう?」

佳純は少し唇を尖らして、膨れる。
多田は遠くからその様子を見て、「おや?」と思う。
会話は聞こえなくなったものの、佳純の表情から、幾分硬さが抜けているのに気が着いた。



「多田さん」

細井に呼びかけられて、ジョッキを片手に呼ばれた方に視線を移す。

「心配しすぎ〜」
「キミ等が、ちょっかい出しすぎなのよ」
「だって、あんな伊崎見るの珍しくて〜」

そりゃ細井や河口やから見たら、恋愛しつくしてきて、女ならよりどりで、絶対困ったりしなさそうな人物が、片想いで一喜一憂している状態なんて、これ以上ない見物だろう。

「もう充分、堪能したでしょ? あとはお若い人達にまかせなさいよ」
「えー」
「もう少し遊びたいなー」
「キミ達が伊崎君で楽しみたいのはわかるし勝手だけどね、 佳純をコレ以上いじったら、お姉さん怒るよ」

多田が珍しく、年上らしく彼等を窘める。
彼等は意外そうな顔をする。
もっと一緒になってはじけてくれるかもしれないと予想していただけに、充てが外れてしまった。
そんな彼等の表情を多田は見て、溜息をつく。

「伊崎が云ってたけど、多田さん、本当に彼女がお気に入りなんですね」
「そうよー、だから調子にのって泣かしたら怒るからね」

普段からいい加減でおちゃらけた印象のある、多田がこうも強く云いきるのに、彼等は目線で「物足りないけれど、これぐらいにしとくか」と互いを見る。

「わかりました、コレぐらいにしておきます」
「わかればよろしい」

そう云って、多田はジョッキの残りを一気に仰ぐ。
そのタイミングをはかったように、梓と結香が「みなさーん、うなぎ着ましたよー」と声をかけた。
多田は、もう一度、 佳純を見て、彼女が緊張しながらも伊崎の傍にいるのを確認して、ビールの追加をオーダーした。