awkward lover6




「伊崎は学生の頃からモテてたけどさ、自分からアプローチしたいなんて珍しくね?」
「最近は、伊崎からアプローチしてたと思うけど?」
「でもね、それは、相手が『よっし、こいつは大丈夫だな』って思える相手じゃない?」
細井の言葉に、学生時代からの友人河口は、今までの伊崎の女性遍歴を反芻する。
だから恋愛の進展具合も早かっただろ? と細井は云う。
もちろん、彼等もこの年になればそれなりに恋愛経験を積んでいるので、そういう雰囲気はなんとなく察する。
自分達も、多分まったく見込みがない相手には躊躇いもする。

「まあ、そうだよな」


事務所のキッチンでなにやらごそごそと作ってる細井がいう。
河口は細井の指示に従いグレープフルーツの皮を剥いている。
ボールの中でゼラチンを溶かしている。


「でしょでしょ? でも今回は、そういうの一切無しなの! そいで自分からアプローチ、伊崎にしては積極的っていうかさー」
「どういう子?」
「なんか見た目は普通なんだけど」
「普通?」


剥き終ったグレープフルーツを細井に渡すと、細井はそれを解しはじめる。
小さなガラスのゼリー容器に綺麗に剥いた一房、二房をのせ、キウイの輪切りを載せていく。
そして河口にはデラウェアを一房渡し、それの皮むきを頼む。


「伊崎の付き合ってきた子って、やっぱ、なんていうかレベルは高いじゃん?」
「うーん……」
「学生の時からずっとそうだよ。で、彼女達からいつも伊崎にアプローチをかけていた」
「あー、まあそうだよね」
「彼女達にも自信があるからだろ」

背後で吉井の声がする。

「げ、〜訊いてたのかよ」
振り返ると吉井が立っていた。
「途中から聞こえたんだ」

細井は小さめの冷蔵庫から作り置きの、アイスティーを注いで2人の前におく。
そして自分もグラスを持つ。

「今まではさー美人で、成績よくって、家もよくって、性格もさ、友達も多く、伊崎と同様、先生に受けがいいタイプ」
「そうそう。それそれ」
「ああ、確かにね、そういう子とよくつきあってたね」
「そういう子達と比べると、なんていうかもちょっと異色っていうか、クラスが違うっていうか」

デラウェアを剥き終えた河口は手を洗い、が用意してくれたアイスティーを手にする。

「まあ、これまでの子達とはあきらかに違う」
「へえ」
「今まで付き合ってきたタイプの相手は、スタンダードな優等生お嬢様タイプだからな。プライドもある。伊崎に惚れてても結局自分を選択するんだ。自分の居心地いい環境を選択する。ま、彼女達にいったら怒られるかな」
「あたらずとも遠からずな真相ではあるよ。だけど、今回は違いそうじゃーん」
「佳純ちゃん?」
「―――――! 名前呼び! 名前呼びしちゃうの?」
「だめ?」
「だめだめ、伊崎は絶対、苗字呼びなんだよ、吉井が名前で呼んでいたら妬くよ! ただでさえ、海外遠征で佳純ちゃんとは進展もなしでそれっきりなんだよ!」

細井も名前呼びしているぞ、とはつぶやく。
河口はクスクスと笑う。

「わかりやすくていいよね、伊崎のそういうところ」

細井は河口が剥いたデラウェアを輪切りのキウイに載せる。
ちいさな鍋を取りだして、カチンとコンロに火をつける。
最近の高層マンションはIHクッキングヒーター装備だが、今回引っ越してきたこの事務所は、中古マンションの為にガス仕様だ。

「でも進展してないなんて、珍しく弱気じゃない」
「でしょ? そこはほら、今までと違うタイプだから。今まではやっぱり相手も少しは伊崎に興味ありの人達じゃん? だから伊崎がちょっと押せば結構進展は早かったけど」
「伊崎に興味ないの!?」
河口が驚きの声をあげる。
「はてしなく、マイペース、マイワールド系」
「普通は有名人なら飛びつくだろう? 伊崎、だよ?」
「それがさあ、相手の佳純ちゃんは、わりとこうポーカフェイスっていうか……」
「でも、あれ、激しく人見知りする子だよな」
「それ!」

水とグラニュー糖を鍋に、そして中火で暖めてグラニュー糖を溶かす。
ふやかしておいたゼラチンを火にかける。
溶け終わったら粗熱を取って、そこへコアントロー、グレープフルーツの汁を流し込む。
よくまぜて、フルーツが入ってるガラスの器に注ぎ込んでいく。
その作業を終えて容器を順次冷蔵庫にしまうと、細井もアイスティーを手にする。

「あのね、例えていうなら、初めの第一印象は迷子の子猫タイプ」
「子猫?」
「知らない場所にきて、オロオロしてるんだけど、知らない人が手を出そうとするとフー! って毛を逆立てて怒るかなー? それともブルブル震えてスミにいくかなー? どっちかだろなと思うわけ、で、オレとしてはちょっと離れてみて、時間を置いて、ミルクでも飲みますか? ってミルクをやると、様子伺いながら、ミルク舐める子猫」
「なんかすごい例だね」
「時間差で接触、そして餌付け、こうしてなつくタイプだよ。常に手間がかかるが、それはそれで味わいがある性格の子だから手間だけど別に嫌いじゃない」
「餌付けね、わかるよ俺もそう思う」

細井の言葉を訊きながら、吉井はアイスティーを飲む。

「最初、飯を誘ったが断られたんだ」
「でしょ?」
「で、翌日にまたココの引越し手伝ってと無理矢理言ったら、ちゃんと手伝ってくれてさ、やっぱり翌日の方が、雰囲気は硬くはないよな」
「オレも電話で合うの一回断られてさー、直接オフィスへ押しかけたら、もっと迷惑がるかと思ったんだけど、案外、驚いただけでもっと打ち解けてくれたよ」

ちなみに細井のこの件は伊崎は知らない。
あの事務所の引越しの際、佳純に無理矢理手伝わせて、自分は逃亡してしまったので、そのお詫びに事務所にこの手作りゼリーを持って押しかけたのだ。
この件を耳にしたは、俺達にも作れと煩くリクエストし、こうして今、事務所のキッチンで河口を巻き込んで再度手作りゼリーを作っているのである。

「へー……僕も見てみたいな。伊崎のイチオシ」
「だめ」
「なんで?」
「河口になびいちゃうかもしれないじゃん」
「裕や吉井が会って僕は会ってないのヘンじゃない? ずるくない?」
「河口は優しそうだからなあ、すぐに懐きそうだ」
「やだなあ、裕、そこが面白いんじゃないか」

河口はにっこりと綺麗な笑顔を見せる。
高校時代、テニス部レギュラーは、この笑顔を「悪魔の微笑」と称していた。
この笑顔になびいていく女子が何名いたことだろう。
見た目は爽やかで優しげだが、その笑顔の裏ではいろいろとよからぬことを考えている。
3人は互いの顔を見合わせる。
時計の秒針が進む音が部屋に響く沈黙。
なんでもない表情から3人が何かタクラミを企てる時の表情になる。
互いのアイスティーのグラスをカチンと合わせる。

「乗った」
「賛成!」
「じゃあ、裕から紹介してね」
「OK。キャンパスが近いからバイト先に差し入れする、そこで話そう」
「そしてみんなで伊崎に会おう」
「佳純ちゃんと河口を先に会わせようぜ」
人見知りと思われる彼女のことだから、いきなりな誘いや、見知らぬ人がたくさんいるイベントに引っ張り出すのは難しい。
ここで伊崎の留守の間に友人たちの顔を覚えてもらっておこうという腹積もりである。
もっと社交的な性格をしている人物なら、自分たちの出る幕はないだろう。
下手をすれば伊崎ではなくて伊崎の友人の誰かに興味を持たれてしまう可能性が大だ。
これは佳純の消極的な性格を読んでのことだ。
「伊崎はねー、この日にしない? 来月には帰国でしょ? 僕、舞台は用意しておくよ」
「何かツテでもあるのか?」
「絶好のヤツがね、この日はなーんだ?」

カレンダーの月末の日付を河口は指差す。

「あ! 花火大会!」
「姉さんのお得意さんでさ、ここの花火を特等席で見ることができる、結構無理はきくと思うよ」
「屋形船でも出すのか?」
「そこまではできないけれど、座敷で『うなぎやさん』だよ」

花火で浴衣でうなぎ!!!! と細井は叫ぶ。

「石野もだよなー研修医ってやっぱキツイんだろーな」
「連絡入れておこう」


過去、高校時代テニス部レギュラーだったメンバーの予定をそれぞれ確認を始める。
出席できるヤツとそうでないヤツ。
伊崎の実家に電話をかけて、帰国後、花火大会にいく約束をしたので浴衣用意しておいてくださいと伝言を残す。
伊崎の予定なんてマネージャー同様の吉井が把握済みだ。

「佳純ちゃん浴衣、持ってるかなー?」
「どうだろ?」
「問い合わせてみる」

が片手で素早く携帯のメールを打ち込む。

「1人増えるけどいいよな、河口」
「うん」
「多田さんに誘ってもらおう。俺等が直接誘っても動かないタイプだからな」
「その方が彼女も安心するかもね、でも現在入稿中じゃない?」
「そう、だからメール、一段落したら返信してくれるだろ?」
「ま、来月末だから、時間はあるしな」
「説得してもらおう」
「じゃ、裕、その間、彼女に引き合わせてね」
「OK」

ここに伊崎がいれば眉間に皺をよせて「何をやってる」と文句を云いそうだが、いないからこそのイベント企画である。
こっちで総てお膳立てすれば、伊崎が断らないことは長い付き合いでわかっているからだ。

細井はよく冷えたゼリーを持ってきて、河口と吉井と自分の分を目の前に置く。

「さて、わくわくするねえ」

細井が呟く、この言葉は、彼自身がったゼリーの出来具合なのか、それともこれから起こすイベントについてなのかは、どちらかなとは思う。
きっと多分両方だろうなと予測はするのだが……。
スプーンでさっぱりしたゼリーを口に運ぶと、携帯のメール音が鳴る。
多田からの参加OKの返信メールだった。
参加OKの文字を確認すると、満足げに、ゼリーをもうひとすくい口に運んだ。