HAPPY END は 二度 訪れる 30




「お世話になりました」
珠貴はそう云って、スタッフステーションに花束を渡す。
よくTVドラマでは、退院患者に花を贈るシーンが放送されるが、珠貴の場合は逆だった。
入院中にアルフォンスがいつも花を送ってよこすので、退院の日になっても、枯れることなく病室には綺麗な花束の数々が残っていた。
珠貴はそれをスタッフステーションに分配することにした。
「挨拶は済んだ? 珠貴」
アルフォンスがスタッフステーションの前にいる珠貴に声をかける。
アルフォンスを見た若い女性看護師達は、自然と愛想のいいにこやかな顔を浮かべる。
「はい」
「梶本が待ってる」
「はい」
珠貴の快気祝いをしようと沙穂子をはじめとする社員達が提案した。
珠貴はこの提案を退けようとは思ったのだが、社員達が、盛り上がるレクリエーション的なことは、今の会社にも必要かもしれないと思いなおして、その提案を受け入れたのだ。
「で場所はどこでやるの?」
退院して直接その会場へいくことになっている。
アルフォンスは珠貴の手をとって、指を絡めた。
「少し、痩せたね」
「ずっと腕にギプスしていたから、そのせいだと思う」
「本当は、珠貴と二人で快気祝いをしたかったな」
こういう台詞を躊躇いなく云うので、云われる珠貴はいつもどうリアクションしていいかわからなくなる。
「みんなが、せっかく開いてくれるっていうから……それに、アルフォンスが、会場を抑えてくれたんでしょ? 沙穂子さんが云ってた」
「ミズ江波が? なんて?」
「アルフォンスが、会場を決めてくれたって」
「それだけ?」
そう問いただされると逆に、質問したくなる。
「なんで? 何かあるの?」
「いや、いいんだ。ミセス園田も、一緒だからね」
言葉にはしないものの、アルフォンスの顔に、ちょっとサプライズがあるよ、的な雰囲気が感じられる。
珠貴は深く追求するのをやめて、別の質問をしてみた。
「園田さんの快気祝いも一緒に?」
「そう勧めたんだけど、彼女は今頃会場で準備の指示に夢中だよ。自分はいいからって」
あの一件で珠貴はショックだったに違いないから、少しでも心が晴れるようなことがあればいいと、園田はアルフォンスに伝えていた。
「そう」
「途中でちょっと寄り道するよ」
「会社?」
「違う」
病院のロータリー前に梶本と車が珠貴を待っていた。
「梶本さん」
「退院おめでとうございます、お嬢様」
そう一礼して、後部座席のドアを開ける。
梶本も、珠貴の元気な姿を見て安心したようだ。
「ありがとう」
珠貴はそういって、車に乗り込む。
「じゃ、梶本、頼むよ」
「はい、かしこまりました」
「どこ行くの?」
そんな珠貴の言葉を聞いて、梶本は苦笑する。
「珠貴が行きたいなって思うところだよ」
梶本の運転にまかせて、窓から流れる景色を見つめながら、珠貴は行き先の予想を思いめぐらした。
車を走らせて30分もすると、だんだん行き先がわかってきた。
珠貴がアルフォンスを見ると、アルフォンスはキュっと珠貴の手を握りしめる。わかっちゃった? とアルフォンスの青い目がそういっている。
車は祖父の墓がある霊園の前についた。
車から降りるとアルフォンスが、トランクに入れていた百合の花を抱えて、珠貴を促す。
二人で祖父の墓前に花を捧げた。
ここで、数ヶ月前、初めてアルフォンスにあった時は、なんて胡散臭い外人だろうという印象が強かったのに……。
その彼が、こんなに自分に近い存在になるなんて……あの時は思いもしなかった。
――――おじいさま、おじいさまの会社は、わたしが守っていきます。わたしでいいですよね? 
珠貴が顔を上げると、アルフォンスが珠貴をじっと見つめていた。
「な、なに?」
「いや、一生懸命、何を話しているのかなって、思ってね」
「普通のことだよ」
「普通?」
「うん、『シゲクラ』をちゃんと守っていくって……あの、アルフォンスも、一生懸命お話してくれてたみたい?」
アルフォンスは穏やかに微笑むだけで、何も云わず、珠貴に手を差し伸べる。珠貴は差し伸べられた手を握り返した。
――――こうして、一緒に歩けたらいいんだけどな。
この先もずっと。
そんな珠貴の気持ちを見透かすように、アルフォンスは指に力を入れた。
 

「さて、会場に向かおうか」
「みなさんお待ちかねでしょう」
梶本も心なしか上機嫌だ。
そんなにおおげさな快気祝いなんてしなくてもいいのにと思いながら、なんだかくすぐったいような嬉しさに珠貴は包まれる。
その気持ちは、移動中ずっと続いて、そして会場近辺につくと、さらに嬉しさがこみあげてきた。
それは、祖父が珠貴に譲り渡したあの洋館の近くまできたからだ。
かんりは不動産会社に委託して、つい最近借り手がついたと連絡のあったあの洋館が……。
「アルフォンス、まさか……」
彼が借主?
梶本がリモコンでゲートを開いて、車を敷地内に滑り込ませる。
そして正面玄関の前に、車を停めて、ドアを開いた。
「梶本も車をガレージに置いてきたら、参加してくれ」
「はい」
車から降りて、その懐かしい外観を見上げる。
外装されてちょっと綺麗になってる。
じわっと珠貴は涙を堪えて、鼻がツンとしてくる。
アルフォンスの手に引かれて玄関のドアを開けると、園田が出迎えてくれた。
これも一年半前によく見た風景だ。
園田も感激しているようで、エプロンの端をギュっと握っている。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「園田さん」
「みなさんお待ちですよ」
用意されたスリッパをはいて家の中に足を踏み入れる。
人の気配がする。
15の時に、この家に来て、驚いた洗練されたインテリアや雑貨。
それを彷彿させるものがこの家は確かに存在する。
リビングに入ると、クラッカーが鳴らされた。
「退院おめでとう!」
そのクラッカーのパンという音と、社員達の声に、珠貴は驚いて胸に手をあてて心臓をおちつかせようとする。
――――あの頃の、おじいさまがいたころの家。
――――わたしを幸せな気持ちにさせてくれた頃の家。
「アルフォンス……ここ」
珠貴は振り返って、アルフォンスを見上げる。
「借りたんだよ」
「な、なんで……?」
「僕は一度珠貴に伝えてるんだけど、はっきりとした答えをもらってないんだよね。もちろんはっきりした答えをもらうためなら、何度でも、申し込むつもりだよ」
社員がアルフォンスの言葉にはやし立てる。
「僕と結婚してください」
「アルフォンス……」
「同情とか、庇護とか、責任感じゃなくて、僕はきみを愛してる」
「アルフォンス……」
「珠貴、結婚して、僕と一緒に、ここに住んでくれる?」
女性社員がキャーと声を上げる。
「あ、アルフォンスの仕事は?」
定住することなく世界中を飛び回る彼が、一つの所に留まるなんて……。
「ここに住んでも問題ないし。もちろん出張は多いけど。それに、どうしても寂しいなら僕と一緒にきてくれればいいよ」
珠貴はたまらずに、涙をこぼす。
「珠貴はついてきてくれるって思ってるんだけど。違う?」
「……違わない……」
すすり泣きながらそう呟く。
「返事は?」
「愛してる、アルフォンス。Will you marry me?」
「Of course」
瞬間、クラッカーが鳴る。
びっくりした珠貴をアルフォンスが抱きすくめた。
「うちの会社は社内恋愛オッケーなんだよな」
「オーナーと専務が結婚しちゃうんだもの」
社員達の冷やかしを受けながらも、胸ばかりが熱くなって、アルフォンスの腕にしがみつく。
「よっしゃ、じゃあ、乾杯だ!」
「ほらほら、みんなシャンパン持った?」
園田と梶本はみんなにグラスを渡す。
「それじゃ、退院&結婚おめでとう!」
カンパーイとみんなが唱和した。
アルフォンスのグラスに珠貴は自分のグラスの縁を重ねる。
「アルフォンス、わたしね、人生にハッピーエンドな瞬間があるとしたら、わたしは15の時にそれを迎えて、おじいさまが亡くなった一年半前にそれは終わったってずっと思っていたんだけど……」
「だけど?」
「今、すごく幸せよ。ハッピーエンドが二度訪れるなんて、思いもしなかった
 
 
 
END