HAPPY END は 二度 訪れる 28




「笑いもしなければ、泣きもしねえっ!」
どんなに暴力を振るわれても――――例え死んだとしても、この男に懇願したり、屈したりはするものかと、殴られた痛みを感じながら珠貴は思う。
両手を振りかざして吉野を押しのけようとする。が、その腕も思いっ切り拳で殴られた。腕に激痛と妙な感触。
吉野は珠貴のジャケットで珠貴の両手首を拘束して、珠貴のブラウスを引き裂いた。
「普通こうまでされたら、きゃあきゃあ云うもんだろうがっ!」
淡いパステルカラーのキャミソールが白い肌を僅かばかり隠してる。
しかし睨み据える瞳の力は失われていない。
「ホント生意気だなっ!! ああっ!? そういうところがジジイにそっくりだと周囲にもてはやされて、図に乗っていい気になりやがって!!」
足をばたつかせて、反動をつけて起き上がろうとするけれど、びくともしない。乱暴にキャミソールを引き裂かれて、ブラジャーのフロントホックを外されると、剥き出しにされた乳房が、吉野の好色を帯びた目にさらされる。珠貴にまたがる吉野の股間に硬くなっているのが服越しでもわかった。
「ジジイに引き取られた時は、色気も何もあったもんじゃなかったが、育ったじゃねーか」
乱暴に胸を掴みながら、そう云われた。
「触る……なっ」
「触るなだあ? どの口が言いやがる。ちょっと前まで、俺のことをモノ欲しそうな目で見てた癖によ。可愛がってやるよ。思いっ切りお前に突っ込んで、あんあんヨガってるところをケータイでハメ撮りしてそいつをネットにバラまいてやる」
ぞっとした。この男は本気でやるだろうと思った。
「そうなったら、もう表にはツラ出せねえだろ、何が『シゲクラ』の後継者だ。あの会社は俺のもんだ」
こうまでして執着するなら、何故、その力を経営に発揮しなかったのだろう。彼は、会社を経営したいのではなく、会社を持ってる自分に酔いたいのだ。
怯えた表情ではなく怒りをはらんだその瞳が吉野を睨みつける。
「……それでまた社長さんゴッコをしたいわけだ」
珠貴がそう云うと、吉野はカっとなった。
「こっ……の……アマっ!」
吉野の右拳がもう一度珠貴に振りおろされた。
その反動で頭部が床にたたきつけられる。
散々殴られて、抵抗するための反射速度は鈍くなっていた。
――――アルフォンス……。助けて……。
抵抗する力が限界を超えていた。
叫べば、この男を喜ばすだけだとは思ったが、もう珠貴に残された力は声だけだった。
吉野の荒い息がさらされた乳房にかかる。
「や……いやぁ! アルフォンス!!」
珠貴が叫んだ瞬間、バンとドアが開いた。
吉野は珠貴の身体から反射的に離れ音のする方向に顔を向ける。
ドアを開けたアルフォンスは土足で部屋へ上がりこみ、珠貴の上に跨ってる吉野の襟首を思いっ切り掴んで引き上げ、成人男性でも体格のいいであろう吉野のその身体を風を起こす勢いで振り回して、渾身の力でガードもないもできない吉野の頬に拳をめり込ませた。
一瞬のことだった。
ドアが音を立てて開いてからほんの数秒間のことだった。
呟くような音量だが、明らかに怒りを含んだ英語を早口でアルフォンスがまくしたてている。
それまで珠貴に対して行った暴力が、こんなにすぐに自分に返ってくるとは思いもよらなかったに違いない。
勢いよく、ガンと鉄製のドアに吉野は吹っ飛んだ。
「ひっ……」
ぶつぶつと英語で何か悪態を呟いているアルフォンスの右拳が震えている。
悪態とわかるのは、珠貴にもfuck offという発音が聴き取れたからだった。
ブルーアイズは怒りの感情をあらわすかのような光を放っていた。
殴られた下あごに近い頬をおさせて、吉野は慌ててドアノブに手をかけようとするが、ドアは開かれる。
梶本と、警官がドアの前に立っていた。
「殴られたんだ現行犯だ、コイツがっ! コイツ!!」
そう叫びたいのだろうが、殴られていたせいで、発音がおぼつかない有様で、警官にすがりつく吉野を見て、梶本はあきれる。
「現行犯は貴様だ」
かつての雇い主である吉野に冷淡にそう云い捨てた。
誰が見ても、アルフォンスが珠貴を助けたのはわかる。
「ァル……」
珠貴がアルフォンスになんとか声をかけると、彼ははっとして珠貴のところに戻って彼女を抱きしめる。
「珠貴……」
スーツの上をぬいで、珠貴に袖を通させて、前を合わせ、珠貴の殴られた顔を覗き込む。
――――園田さん……倒れてる……から……救急車……よんであげて……。
そういったつもりだったが、言葉にできたかは定かではない。
ギュっと彼女を抱きしめながら、その額にキスを落とす。
「もう大丈夫」
アルフォンスがそう小さく呟いて子供を抱き上げるように、珠貴を抱き上げた。
――――アルフォンス……きてくれた。
力強く抱きかかえられる腕に、珠貴は安堵する。
吉野を取り押さえた警官と、園田の様子を確認した梶本は、珠貴の顔を見て、ギョっとしたようだ。
珠貴は狭まった視界から、そんな二人の表情を見て、アルフォンスを見上げる。
――――せっかく、アルフォンスに綺麗に変身させてもらったのに、その面影もないほど、殴られたのかな……。
ぼんやりと思っていると、珠貴は意識を失った。
 

目が覚めたら、病院のカーテンが視界に入った。
「あら目が覚めました?」
看護師が珠貴の顔を覗き込む。
「お嬢様」
園田の声がして、珠貴はそっちへ顔を向ける。

――――園田さん……無事だったの……よかった……。

そう言葉にしたいのにでてこない。
園田はこめかみにガーゼを当てて、それをテープで張り付けた痛々しい姿だった。
目尻に涙を溜めている。
「グ……ぅ……」
「顎と腕の骨が折れてるんですよ」
右腕がやけに重いと感じたのはギプスの為だ。
顔もおたふくかぜになった子供のようにぐるぐると包帯で巻かれている。
上半身を起こそうとすると園田が支える。
「9時にはカートライト様がお見えになります」
「はい。検温お願いしますね」
園田は看護師から体温計を受け取り、珠貴の体温を測る。
「……」
「お嬢様?」
珠貴は左手でペンを持つジェスチャーをする。
筆談しかない。
(どのくらいの入院になるの? 園田さんは大丈夫なの?)
「わたしは、脳震盪を起こして、念のために入院を。お嬢様のお怪我の方がひどいです。1ヶ月は入院ですよ」
園田の言葉に、がっちり固定した顔面では溜息すらでない。
体温計の電子音を聴きとると、園田は体温計をはずす。
「やっぱりお熱ありますよ、おなかすきました? お嬢様の場合はしばらくは流動食になるようですが……」
何もいらないと軽く手を振る。
「では、しばらくお休みなさいませ、カートライト様がいらっしゃいましたら、お知らせしますよ」
自分の子供を世話するようにかいがいしく世話をする園田を見て、枕に頭を沈めると、珠貴は目を伏せた。