HAPPY END は 二度 訪れる 2




「あなたが買い取るほど、重倉ファニチャーは海外も有名でしたか?」
買い取った会社の社員が、そんなセリフを吐いた。
自信のないセリフ。
やる気がないのだ。
死に体の会社は社員の覇気のなさからやってきている部分もあるだろうと、アルフォンス・カートライトは思う。
東洋の島国の家具メーカーなど、貴方にはとるに足らない、なんてことない会社だろうと、目の前にいる女性社員から、そんな心の声が漏れて聞こえてくるようだ。
 
――――アル。ベビーべッドは『シゲクラ』のものがいいわ。
記憶の中にいる彼女がそう云う。
キラキラしたグリーンアイズが、アルフォンスの顔を映す。
華奢な身体に、赤毛の髪が揺れる。
――――シゲクラ? どこのメーカー?
――――日本よ。子供のころ、『シゲクラ』の机を買ってもらってすごくよかったの。だから私達のベビーにもあのメーカーでベビーベッドがあればそれを使ってみたいの。
――――わかったよ。問い合わせてみるよ。でも、もし作ってなかったらどうする?
――――それは……じゃあ別の会社で我慢するけど。でも子供の机とかはやっぱり『シゲクラ』のをとりよせたいわ。
――――わかったよ。リナ。そうしよう。
彼がそういうと、彼女は嬉しそうにほほ笑んだ。
その記憶から無理やり意識を現実に戻す。
 
「個人的な趣味です。重倉の製品は使ったことのある人物が、とてもいいといってました。この会社を再生できるものなら手伝いたいと思います」
彼女がお気に入りだった、ブランド。
ちっぽけな島国の家具メーカー。
多分どこかに吸収合併されても、そんなに問題も起こらないだろう会社。
自分が失敗しても、業界からは「ああやっぱり。だいたい物好きなんだよ、この状態で手を出そうなんて」そんなコメントが返ってくるだろう会社だ。
だが、自分がこの会社の再建するなら、彼女への手向けにもなるだろう。
彼女を亡くした喪失感も、それゆえに荒れて、時間を無駄に過ごした数カ月も、この会社再建に情熱を傾ければ、取り戻せるかもしれない。
会社の再建事態は何度か手がけたこともある。
失敗もあったが、だいたいは成功を納めてきている。
それに今回は特別だ。
思い入れもある。
「……でも、彼女はここに戻る気はないでしょう」
社員の言葉に、アルフォンスは顔を上げる。
「なぜ? 祖父の会社でしょう? 社員達にも口に上る。前CEOが引く前にほとんどの重役も辞めてしまって、事態を知るのは、もう残った君達ぐらいだろう? 彼女と創業者の関係は仲が良かったと有名でした。この事態にかけつけないのは、逆におかしい」
「それは……私からは何も言えません。申し訳ありません」
「ふうん」
デスクに頬杖をついて、ノートPC画面を覗き込む。
「彼女は、ここで働いてたこともあるんだろ? アルバイト扱いで6年も。祖父が創業者、本人が会社に興味があるなら、彼女が大学を卒業したら、役員待遇で入社してもおかしくないんじゃないか? 」
「……」
その言葉にも目の前の女性社員はノーコメントだった。
――――逢ってみたいな。
「ぜひ、逢ってみたい」
「はあ」
「だいたい、こういった会社はいろいろと歴史を知る必要があるんだ。彼女は重倉の創業者のノウハウを少しは知ってるはずだし、ここがこんな状態に陥った原因も知ってるはずだろう。連絡をとりたい」
「……住所は知ってます。あと携帯のナンバーも」
女性社員はメモを渡す。
「でも、彼女は、この会社には関わりたくないはずです」
思わせぶりなセリフだった。
 
現在彼女は、生花店でアルバイトをしているらしい。競りの時間滞の出勤もあるので、夕方は仮眠時間。昼ならいるけれど、時々連絡がとれないとか。
そういう時は、だいたいが、祖父の墓参りをしているらしいとのことだった。とりあえず、買い取った会社の創業者の墓参りなら別にしてもいいだろうと、アルフォンスは、フラワーショップであるだけのカサブランカを包んでもらい、車を墓地へと走らせた。
とにかく連絡がとりたい一心だった。
まさか、そこで逢えるとは、思いもしなかった。
風に乗ってバラの芳香が鼻孔を刺激する。
あまり人気のない墓地に人影を見た。
黒いダッフルコート。
無造作に一つに束ねられた髪を垂らして、その腕には、開ききった真っ赤なクリスチャン・ディオールが抱えられている。
日本人は亡くなった相手には菊系の花、白い花を献花するとなんとなく思っていた。
だからアルフォンスもカサブランカを選んだのだが。
しかし、目の前の女性は、腕に真っ赤なバラの花束を抱えている。
花の選択を間違えたのかと思ったが、周囲の墓を見る。
だいたいが、もう取り払われているが、やはり自分の知識に間違いはないらしい。
目の前の彼女が捧げようとしている花は珍しい。
「ミズ・タマキ・シゲクラ?」
声をかけると、俯いていた顔を上げる。
だが振り返ろうとはしない。
もう少し、力強く呼びかけて見た。
「失礼、重倉珠貴さんデスカ?」
呼び掛けると、彼女は振り返る。
黒い瞳と、白い肌。
腕に抱える開ききった深紅のクリスチャンディオールの花束。
その色彩のコントラストに息をのむ。
「Mr.Alfonse Cartwright?」
アルフォン・スカートライト?
彼女のか細い声が、不安げに、アルフォンスを訪ねる。
「I do not speak English so I may not understand what you are saying 」
英語を話すことができませんから貴方の言葉はわかりませんよ。
彼女は話すことができないと云いつつも、発音自体は、かなりネイティブだった。
そして言葉どおり、次の瞬間、彼女は沈黙して、また視線を墓石に向けようとした。
「死者に捧げる花しては、派手じゃないかな」
逸らされそうになった視線を、なんとか引きとめるための言葉。
この手のタイプにはどう接すればいいのかと、頭の中で出来る限りのマニュアルを検索する。
23歳のはずだが、少し大人びてないか? 雰囲気がいやに落ち着いてる。
「赤いバラはキミが持つのにはとても似合うが、その墓石に捧げるには派手すぎだ」
その反応の無さに自分の日本語が間違っているのかと、一瞬不安になる。
「おじいさまには、ふさわしい花です」
「老人だったのに?」
「誰よりも、華やかで、上品な、紳士でした」
「……」
「何か?」
「いや、手間が省けてよかったなと」
「……」
「ぜひ、逢いたかったんだ。珠貴」
珠貴は、先ほどかかってきた携帯電話での会話を思い出していた。