A miraculous day6




「御来場の皆様にご案内申し上げます」
会場内の飲食、カメラや録音器具の持ち込みNGのアナウンスが広がる。
その声をきいただけで、ライブ初参加の客は小躍りする。
会場内にいる女性FANの黄色い声が会場内に反響する。
アナウンス嬢の声ではなくて、神野奏司本人の生声だから。
このアナウンスはクリスマスライブの定番だ。
通常のツアーでは行わない。
デビューから神野のライブに参加していた客は、コレがないとクリスマスライブの感じがしないよね、などと囁き合う。
「どれからくる? 新曲? ライブ定番のミディアムナンバー?」
「オープニングはやっぱガツンとくる曲じゃないとっ」
客席からは、あと数分で、神野との2時間が始まるといった興奮が伝わる。
会場のざわつきが、さっきのアナウンのスから落ちつついたところで、点灯されているライトが一斉にダウンする。
観客は椅子から立ち上がり、イントロのリズムに合わせ、手拍子と、足を鳴らす。
舞台奥の迫からシルエットがマイクスタンドと奏司のシルエットが浮き上がってスピーカーのサウンドが頂点に達する。

「神野奏司のBirthday X'mas Live 2Days にようこそー!」

万人の女性が「囁かれたい」と云うその声で、ライブがスタートの声を上げる。
マイクスタンドを足で蹴っ飛ばしてホリゾントに消す。
迫から一、二段と弾みをつけたかと思うと、思いっきり飛び跳ねて、舞台中央に躍り出た。
観客の歓声が湧きあがる。
ノリノリのロックナンバーは今年の春にTVドラマの主題歌に使われたものだ。
――――やっぱりオープニングは耳馴染みがよくてノリのいい曲で。
由樹がそう云った。
狙い通りのリアクションだ。
三曲ぐらいはノリのいい曲が続く。
そしてMCにはいる。
X' masはいつもどうしてる? なんて客に呼び掛けたり、打ち合わせ通り。
そしてスローなナンバーを二曲披露すると、TV中継が入る。

――――静、観ててくれるかな。

TV局の番組司会と、由樹の会話で放送時間の微調整がされてる。

――――傍にいてあげられなくて、ごめんね。

でも。
彼女ならわかってくれると思う。
今、お互い傍にいられないけれど。
気持ちは心はいつも一緒だって。
「じゃあX'masナンバーで『Hurry Holy Day』」
Birthday X'mas Live定番のナンバーを歌う。
幕の陰で、マネージャーの佐野ははらはらしていた。
奏司がいつ入籍発言するのか、佐野は知らされていない。
まったくもって取扱危険な人物だ。
よくコレと3年も仕事したもんだと、今、病院にいるはずの、彼女を尊敬する。TV中継が終わって、引き続き次の曲が入ると、佐野はほっとする。
いくらなんでもTVの中継が入ってるときに入籍宣言は勘弁してほしいという祈りが届いたのかもしれない。
でもいつやるんだろうというハラハラ感を引き続き佐野は持ち続けなければならなった。
それはラスト一曲まで、Liveの本当のラストまでひっぱられた。
奏司の表情で「ここで云うのか」と佐野は胃の部分を手のひらで押さえつける。
二度目のアンコールで、奏司達がステージにあがった。

「いつも、このライブやると、歌えてよかったなと思う。今日はありがとう。サイコーのクリスマスと誕生日です」

会場から「奏司ー!」と黄色い声が投げかけられる。
二時間たっぷり、ステージ上で歌い踊って、観客の脳内麻薬を刺激し続けて汗だくだった。

「そう。サイコーの誕生日だなっていつも、思うんだけど。今年は特別」

シンと静まりかえった会場に、奏司の声が響く。

「好きな相手と、今年、結婚しました」

一拍おいて、会場からドワアァと、歓声が上がる。
狂信的な神野ファンの若い女性達は反射的に泣き叫ぶ。
その様子を見て、奏司は続ける。

「知ってると思うけど、オレは子供のころ親を亡くして、叔父夫婦にお世話になってたんだけど、ずっと自分の家族が欲しかったんだ」

シンと静まりかえった会場に奏司の声がマイクを通して広がる。

「オレはすごく、彼女が好きでさ、どうしたら気持ちが伝わるのかな? ずっと一緒にいてくれるにはどうすればいいかなって。いろいろ考えて、結構ズルイこともしました」

おおっ! とどよめくのは、女性よりも冷静にこのMCを訊いている男性陣からだった。
このことをしらされてない照明や音響スタッフからも漏れる。

「でも、彼女はオレを愛してくれた。それだけでもすごく奇跡だなって思うけど、彼女は、さらにものすごい奇跡をオレにくれたんだ。今日ね。オレの子供が産まれます。オレと同じ誕生日にだよ。すごくない?」

どこからか拍手が鳴り、それが波にように押し寄せてきた。

「ありがとう。だからコレ、最後に、みんなにも感謝と奇跡が訪れますよう祈りを込めて歌います。『Silentnight Honey』」

ゆるやかなピアノのイントロ。
ゆっくりなスローバラード。
バラードだからだろうか爆弾発言からゆっくりと気持ちを落ち着けて聴き入り始めた。
最後は男性客だけではなく女性客達からも、曲が終わると拍手があった。
ステージ上い一列になって、奏司を中央に、みんなで一礼をする。
「おめでとう! 奏司ー!」
「おめでとう!」
 
張り上げられた声に微笑んで、奏司は手を振りながら舞台を離れた。
会場は舞台へのライトが消されて、客席のライトが灯り始め、規制退場のアナウンスが入る。
「奏司……ショックだあ……」
「あたしもー」
「まだ23歳なのに結婚なんてえ」
「でも子供と誕生日が一緒って……アレ?」
「何?」
「じゃあデキ婚ってこと?」
「気づくの遅いってー」
「えーショックだあ」
会場から出ていく若い女性客達から漏れ聞こえる会話は、奏司には届かないけれど、多分予想はしているものだ。
 
その話題に上るライブの主役は、すでに会場を出てタクシーで彼女のいる病院へと駆けつけていたのだった。