Fruit of 3years16




以前、彼のマネージャーをしていた時に、この彼の家へ送り届けたこともあって、何度か彼の保護者である叔父夫婦には面識がある。
が、ビジネスライクで接してきた静が、プライベートでこうして奏司の保護者の下へ訪れるのは初めてのことだった。
緊張や動揺を周囲に見せることはないと言われる静だが、こればかりはそうもいかなかった。
奏司は横でそんな静を見て、笑っている。
「なんで? 何度か逢ったことがあるのに緊張しなくてもいいじゃん」
「するわよ、普通に。ウチの息子を誑かして! とか思われていてもおかしくない」
「そっかなー」
奏司がドアチャイムを鳴らすと、奏司の叔母がドアを開けて出てきた。
「いらっしゃい、奏司、高遠さん」
静は一礼した。
「ご無沙汰しております」
「もう、そんなところで突っ立ってないで! 入って入って!」
「あの、つまらないものですが」
静が彼女に手に持っていた紙袋を渡す。
奏司から訊いて用意していた彼女が好きそうな洋菓子だ。
「あら、もう、こんな気遣いなんかいいのに! アナタ。奏司が着たわ! さ、入って入って!!」
奏司と静の前にスリッパを並べると、彼女は紙袋を受け取って、パタパタと足音を立てて、リビングへと小走りに移動していく。
奏司の叔父夫婦は、今40代だ。
叔父は普通の会社員で、その妻である彼女はパートづとめの兼業主婦だったりするそうだ。
リビングに通されて、彼の叔父を見て静はもう一度挨拶をする。
「よく来てくれましたね、ちょっと駅からは離れているから、大変でしたでしょ?」
「車できたよ」
奏司が答える。
「車買ったのか? どこに停車してる?」
「近くのコインパーキング。車は静の10年もんの軽自動車」
「まさか高遠さんに運転させたんじゃないだろうな!?」
「運転しました」
静が云うと、すごい勢いで一喝される。
「駄目だろう! それ!」
叔父の言葉に奏司は反論する。
「だってオレが運転するって言ってもきかないんだもん」
「そりゃ仕事で慣れてるんだろうけどさ」
「そうよ! 身体は大事にしないと駄目よ!」
お茶とお遣いもので静がもってきた洋菓子を早速載せて、テーブルに並べる。
「妊娠初期なんて、大事なんだから! 奏司も気をつけてあげてよ!! 静さんも無茶しないのよ!」
叔母美和子の言葉に、静は目を見開く。
奏司が叔父夫婦には隠さずに話しているとは訊いていたけれど、その部分も話していたのかと驚いてしまた。
「わかってるよ。あ、叔父さん。先にコレ書いて」
奏司が取り出した婚姻届の証人欄への記入。奏司の叔父、隆司は胸ポケットから万年筆を取り出して、そこにサインをし、判を押す。

「高遠さん……、うちの愚息でいいの?」
甥である奏司を『愚息』というあたり、この夫婦の間で奏司は本当の息子同様の接し方をしていたのがわかる。
それだからこそ、静は恐縮する。
「こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願いします」
「いや。今回は本当にこの子が勝手なことをして、高遠さんのご両親に合わせる顔がないというか……」
「いえ……私の家の方は……お気になさらずに……」
「そうもいかないでしょう」
「……私自身、実家への連絡はとってないようなものなので……」
「……どういうことです?」
こう云ってしまえば、不信に思われるだろうとは静も理解していた。
「私の家は母が再婚して義父と母と向こうに私と同年の妹がいます」
「……」
「私は、この同年の妹との折り合いが悪かった為に高校の時、家を出ました。それ以降は連絡を取っていません」
「……それって……」
「なんだか私が云うと、自分の都合のいいことしか云わないみたいでとても嫌なんですが……義妹は当時……再婚に反対してたので、私のこともわずらわしいというか……嫌っていました。私は……母が苦労していたのは知っていたので、再婚には賛成でした。ただ、彼女は再婚に反対で、彼女と母の関係をよくするためには、私の存在は少々邪魔かと思いまして」
「それで、家を出て……独り暮らしを?」
「いえ、義父の姉が保護者役をしてくださったんです」
「……」
静の話を聞いて、奏司の叔父夫婦は顔を見合わせる。

「結婚は、家族になることです」

「……」

「どんな理由にせよ、いろんなことを乗り越えてから、家族になるというプロセスを放棄し逃げ出した私は、多分一生結婚することはないだろうと、思ってました……そんな資格もないと……」

静は奏司を見る。
奏司はギュっと静の手をテーブルの下で握り締める。

「でも……奏司は……家族になろうと云ってくれました。こんな私を選んでくれたんです。彼となら、家族が作れる気がするんです……いえ……彼と作っていきたいんです。家族を……」

静は真っ直ぐに叔父夫婦を見つめる。

「許していただけますか?」

静の言葉に、じわっと目じりに涙を浮かべるのは叔母だった。
「やーねー、証人欄にサインしちゃってんだからいいに決まってるじゃない、ねえ? アナタ」
「……そうだよ。本当に、こちらこそ、末永くよろしくお願いします」
「あー、もう緊張しちゃったわ。静さんが持ってきてくれたケーキ食べていい?」
緊張をほぐすように、叔母が言う。
「静さんも食べて! 赤ちゃんだって食べたがるわきっと。ここのケーキ美味しいんだから! 今何ヶ月?」
「まだ7週です……」
「つわりは?」
「そろそろ」
「じゃあ、なおのことよ! 帰りは奏司に運転任せて!」
「……でも」
「本人が運転したいんだから、どんどんさせてあげて?」
朗らかで明るい彼女の言葉に、静は頷く。
「もう、無理はだめよ、疲れたらすぐに横になったほうがいいわ! ぜひ、あたしに可愛い赤ちゃんを抱っこさせて〜! こんなに早く孫抱けるとは思わなかった〜!! 嬉しい!」
「……」
「あたしね、子供できなくてね、ウチの旦那の親からもあたしの親からもやいのやいの言われてて、そりゃーもー切ない思いをしたもんだけど、しょうがないじゃないねえ? こればっかりはさ、神様の授かりモノなんだから」
「……」
「それでも、あたし達は、恵まれてるのよ、奏司を義兄さん夫婦から授かったんだもの。息子同様に育てることもできた。すごく幸せだった」
「……」
「静さんが不安なら、あたしが手伝ってあげる。うざーいとか思われるぐらい、口出しするわ」
「いや、それは勘弁してくれ」
奏司が突っ込みをいれると、叔母はぷうっと頬を膨らませる。
「オレ達二人で頑張るんだから」
「……そうだな。でもな、奏司」
「何?」
「オレも美和子も、ずっと奏司の親だ」
「……」
「相談ぐらいはしろ、多分、きっとお前たちは、家族に思い入れありすぎるから……意見がぶつかることもあるだろう。静さんも、ちゃんと相談しにくるんだよ?」
「……はい」
「で、二人とも、結婚式はどうするんだ?」「……それが、静はしなくていいって」
奏司の言葉に、叔母が目をむく。
「なんですって?」
「奏司の結婚はマスコミが黙ってないですから」
静が慌てて、叔母にとりなす。
「そんなもん、どっかで極秘にあげちゃえばいいじゃない! 静さんはスラっとして背が高いし、ウェディングドレスきっと似合うわ! 静さんぐらい背丈あったら、マーメードタイプのウェディングドレス着たいわあ」
マーメードタイプってなんだよと奏司は静の横で呟く。
「オレもそう云ったんだよ。だけど、サイズが変わってくるから無理だろうって!」
「そんぐらいデザイナー呼んで作ってやれよ、お前、誰のおかげでそんだけ売れたの? 嫁さんのおかげなんだろーが」
叔父も突っ込みを入れる。
「ドレスのサイズを気にするなら、産んじゃってからでもいいわ。赤ちゃんはあたしが抱っこしててあげるから! どっちでもいいから、奏司、いいわね、ちゃんと式はあげなさいよ!!」
奏司は困ったように静を見つめる。
「……云っただろ? オレの方が説教されるって」
嬉しくて幸せで視界が涙で滲んで、静は何も云えなかった……。