Fruit of 3years8




「お疲れ様でしたー!」
「お疲れ様でした!!」
ガチャとジョッキの合わさる音と一緒に、飛び交う「お疲れ様」コール。
ラジオ収録の後、どうせこのあと仕事ないなら、飯でも食べませんかと、同じレーベルの先輩に対して物怖じせずに圭介が奏司を誘った。
しかも「あ、でもオレら、金ないから、居酒屋系でよければ」と、先輩から奢ってもらおうとかではなく、あくまで自然に、同い年の学生同士のような折半前提での誘いに、奏司は気軽にOKを出した。
そして、結局、『ぶるうべりー』の三人とマネージャー三人、そして奏司のメンバーで、井原が薦める居酒屋にいるのだが……。
「神野君は、何が好きー?」
メニューを広げながら、奏司の隣の席をキープして。小首を傾げて奏司の顔を覗きこむように尋ねる。
奏司の新しいマネージャーになった佐野はその様子を見て、静に視線を送る。
その視線を受け止めた、静は、その視線に含まれる意味を逡巡していた。
その視線は「その子、立場わかってるよね、先輩マネージャーなんだから、当然そういう指導はしてるよね?」的な意味が含まれているのか、それとも、奏司と静がそういう関係で……というか奏司に恋人がいるとは知らないことが前提で、マネージャーとして、「いいのか、これはほうっておいても、今後、こういうことがあっても、奏司はフリーにしておいても、一人であしらう事が可能なのか」と問う意味があるのか……。
そんな思惑をよそに、ナオは奏司への距離をちょっとだけつめていく。
「ナオさん、神野さん狙いですよね?」
千帆がこそっと、静に呟く。
千帆の隣にいる修も頷く。
やっぱり、そうかと、静はジョッキに口をつける。
ナオは、奏司よりも年上だけど、二歳差だ。若いからだろうか、性格なのだろうか、アーティストとマネージャーとか、二歳年上だろうが、そんなことは、ナオの中で気にする項目ではないようだ。
――――この、周囲を気にせず、自分の気持ち優先的な態度は参考にすべきか?
いや、いくらなんでもそれはないだろうと、静は心の中で首を横に振る。
「前からこれは訊いておきたかったんですが、高遠さん、神野のヤツ、付き合ってる女いるんですか?」
マネージャーの佐野は、静にこっそり耳打ちする。
まさか、『付き合ってる女はとりあえず自分だと思いますが何か?』とは云えず「さあ」と呟く。
その様子を見て、ナオがぽつりと漏らす。
「高遠さんと佐野さん、お似合いですよねえ、大人カップルみたい〜」
圭介とメニューを覗き込んでいた奏司の指先がピクっと動く。
「そう思わない? 神野君」
「思わないから」
「えー」
「だって、静の恋人はねっ」
ドキリとする。
今すぐ席を立って奏司の口を塞ぎたい、何をしゃべる気だ?
静の表情を読み取って、奏司はニヤリと笑う。
そこで止めると『ぶるうべりー』のメンバーも、ナオも、マネージャーの佐野も、奏司と静のやりとりに注目する。
それはそうだろう。
何があっても動じそうもない静が、慌てている。
「……云っていい?」
「だめ」
静は即答する。
「すっげ、云いたいんですけど」
「だめだめだめだめ、絶対だめっ!」
奏司は、メニューをひらひらとさせながら、余裕の表情で静を見つめる。
いつも、クールフェイスで、動揺しなさそうな静が慌てていること自体、見慣れないので奏司以外にはそれが新鮮に移る。
「えー、高遠さん、恋人いたんだ?」
ナオが別に嫌味でもなく純粋な疑問で静を見る。
「いるいる、三年も付き合ってる」
「おお!」
「いるんだ!」
別にアルコールが廻っているわけでもないのに、静の頬がカアっと熱くなる。
「……て、マジなんだ」
今までにない静のリアクションに、奏司を覗いた一同は、驚きを隠せないようだった。
「参考までにどういう人?」
「神野君は知ってるんでしょ?」

ナオが奏司に身体ごと向けて尋ねる。
「知ってる」
静は肘を立てて両手で頭を抱え込む。
「静、このメンバーに云っておいた方が、いいと思うけど? そーゆー態度だと、ほんと彼氏キレかかってるから、どーなるかわかんないよ」
「キレかかってる?」
「なんで?」
「三ヶ月、デートは当然、メールも電話も無しでさ、それってどうよ?」
「高遠さん、彼氏と切りたいんですか? もったいない! あたしなんて、忙しいから逢えないって云ったら、即、別れ切り出されましたよ! そんな気の長いというか、理解ある男いないですよ! 連絡してあげて!」
連絡していないわけじゃない。だいたい先週も先々週も一度は逢ってる。
そんな静の内心を読んだように、奏司は呟く。
「きちんとしたデートじゃないし」
「あっただけなんですか!?」
いや、ヤッただけ……、心の中でそう突っ込んで、静は頭を抱え込んだまま動かない。
「高遠さんて、可愛い」
修がそういうと、奏司は醒めた目で修を見る。
「あんだけ仕事ばりばりやってるのに、自分の恋バナになると、こんなに照れちゃうの?」
照れるというよりは、この真相をいつ暴露するかわからない彼が目の前にいる恐怖。
本当に予想もつかない。
「静、やっぱ、云っていい?」
「云わない!」
「ほんと、彼氏に対して冷たいよね、『ぶるうべりー』に焼きもちやいて、犯罪者一歩手前なんですけど」
「……」
「……」
「……」
ナオと圭介はキョトンとしているが、佐野は奏司と静を交互に見て、だんだんと表情を変えていく。さすが奏司と三ヶ月仕事を一緒にしてるだけはあると奏司は思ったようだ。
そんな佐野の様子を見た修と千帆は、もしかしてと、奏司と静を交互に見る。
そこに割り込むように店員が、二人で入ってくる。
「お待たせしました〜串盛りと、揚げだし豆腐、から揚げとポテトセット、海鮮サラダに、一口マグロ握りになります〜」
テーブルの上に、料理が並べられた。
「早く食べちゃいなさい」
静はこの話を切り上げようと、みんなに食事を促す。
これでこの話はおしまいとばかりに、みんなの飲み物を気遣い、食べ終わった皿を片したり、小皿を回したりと給仕して、会話を何とか打ち切ることができた。
 
「ご馳走様でした。高遠さん」
結局静が、カードで支払いをすませると、『ぶるうべりー』のメンバーが異口同音で「ご馳走様でした」と静に云う。
「とくに千帆、気をつけて帰りなさいね」
「はあい」
「おれ等が送っていくから!」
圭介と修の言葉に静は頷く。
「じゃ、ナオちゃんも……」
「あたし、神野君に送ってもらいたいな」
「……」
「……」
静はナオを見つめる。この場でこの言葉が出るのは、やはり性格なのか?
そして、多分真相を察している佐野はあわあわと二人の間に割り込もうとするが、奏司はニッコリと笑う。
「ごめん、佐野さんに送ってもらって? 三ヶ月もオレをほったらかしにする彼女をお持ち帰りしたいんだよね」
奏司はそういうと、静の手首を掴んで歩き始めた。
状況がつかめずにぽかんとするナオの横で、佐野と千帆と修が、「うわあ、やっぱりそうなんだー」という表情で二人の後姿を見送っていた……。