Fruit of 3years4




「静ちゃーん」
声をかけられて、静は振り返る。
子供のように手を振っているのは、神野奏司を見出したプロデューサーの石渡由樹だった。
年齢も性別も判別つかない美貌のプロデューサーは、意外にも性格は気さくな人物ではある。
「久しぶり」
返事をする代わりに、静は深々と頭を下げた。
「どうですか、新人は」
由樹のマネージャーの高原も声をかける。
「いい子たちです。仕事には真剣ですし」
静の答えに、由樹は腕を組んで、静を見つめる。
「今まで担当したアーティストの中ではどのくらい?」
「それぞれの良さがあるので比較はできません」
「うーん。優等生的なお答え」
目の前にいる彼は、綺麗な顔でニヤリと口角をあげるだけの微笑を浮かべた。
「奏司は、どうしてる?」
「どうでしょう、もう担当ではないので」
「あれ、担当外れたら、それっきりなの?『クルス・マリア』の歌恋とは、時々連絡ぐらいはするのに?」
「……」
「奏司の気持ちはわかってるんでしょ?」
「……」
ここで正直に言ってもいいのかどうか静は躊躇う。
「石渡さんのおっしゃる意味はわかりかねます」
「僕は知ってるから」
きっぱりと、石渡が言うと、静は確実に二秒は息を止めた。
綺麗な顔をにっこりとさせる。
下手なアイドルよりも、女が騒ぎそうな造作をしている顔である。
そして自身もそれを自覚している。
来る者拒まず、去る者追わずで、女性の影も常にチラつく彼は、静を本気で口説こうとはしたことがない。
「別にホモでもないけど、僕は奏司が可愛いからね。奏司の彼女には手は出さないって」
この人にはやっぱり勘付かれていたのだと、静は溜息をつく。
「わきまえてますよ、ご安心ください」
「どういうこと?」
「だから、仕事の延長線で付き合いましたが、担当はずれたので、お役ごめんだということですよね」
「……あのさ、それってだからどういうこと?」
ここで全部、自分の気持ちを晒してしまおうかと静は考える。
奏司とは仕事と一緒に確かに身体も関係しましたが、仕事が切れればそれもおしまいになると思ってた。
そんなドライでクールに付き合えるかと思ったのにも関わらず、ついうっかり本気になって、このていたらくだという現実を。
彼がむけてくれた自分への気持ちは「一過性のもの」にすぎないと、ここらへんできちんと自覚しないといけないことも。
「奏司のヤツがそう云ったの?」
「……」
「そしたら僕、もしかして静ちゃんからみたらひでえ男? 目をかけてる新人アーティストの担当を静ちゃんに任せたのは、一般人とは違って、めったらやたらと女喰わせられないから、担当マネージャーにそれ込みで丸投げした悪辣非道のプロデューサーとか? うっわ、どうしよう! 高原っ! 云っててすげぇ鬼畜な男みたいだよ僕!」
「ある意味鬼畜なのは、あってますけどね」
もちろん彼等が目をかけた奏司を自分に任せたのは、静の仕事ぶりからきていると信じたかったのだが……。
「冗談はさておき、お土産渡されたんじゃない? この間の海外レコーディングの時、奏司、あれこれ買い込んでたし」
「それは……知りませんでした。受け取ってませんし……石渡さんの方が彼と逢っている機会は多いかと」
「え?」
「当面、仕事が忙しいので」
「ごめん、僕、仕事忙しくても、彼女にはちゃんと連絡とってるし。静ちゃんだって彼氏には連絡ぐらいとるよね?」
「自分から仕事以外で連絡したことはありません」
キッパリ言い切ると、由樹は高原と顔を見合わせる。
「仕事人間て、いるんだなあ」
「いや、なんか、『あたしと仕事っ! どっちが大事なのっ!?』とかいうの今まで女が云う台詞だと思っていたけど、奏司のヤツ云いそうだよな」
過去の彼氏達も先日奏司にも、それに似たようなことを云われた。
「てか僕が静ちゃんとつきあっても云うだろうそれ」
「俺が付き合っても云いますよ」
石渡と高原が頷く。
「こうなると奏司気の毒だよな」
うんうんと高原も頷く。
「いい機会だと思うんですけどね。だいたい無理なんですよ、全国規模で売れっ子のミュージシャンとマネージャーっていう立場上も、年齢的にも」
「静ちゃん幾つ?」
「女性に年齢を平気で聞けるんですね、石渡さん」
「じゃ、何歳差?」
「8歳ですよ」
「……」
「……」
二人の沈黙にそれみたことかと、静はきびすを返して、ヒールの音を響かせて、その場を離れていく。
その後ろ姿を見ながら由樹が呟く。
「ねえ、高原、それだけ奏司がマジだって、自覚ないのかな。あのコ」
「いやー、アレを諦めないところが神野がチャレンジャーというか、俺なら気持ち折れちゃうでしょう」
そんな残された二人の呟きも、かき消すように廊下に靴音を響かせて静は歩いて行った。
 
新しい担当グループはJPOP色の強い楽曲を出すグループだった。
男二人がギターで女がボーカル。
フロントを女にすることで、色気を抑えて爽やかさを押し出すイメージを心がけようという担当プロデューサーと、バンド全体の意向が一致している。
ボーカルの千帆は、常にジーンズやTシャツ姿で、ふわふわした服装を着ることはあまりない。
まだ集団で売り出したいアイドルグループの少女達の方が色気はある。
「静から、すぐに来いという声を聞いたけどさ、てっきり俺と寄りを戻そうとしてくれたのかと思ったんだけど?」
「当然違う」
元彼の小澤貴宏の言葉を間髪いれずに否定する。
レコーディングスタジオのガラス張りのミキサー室にいるのはスタッフ以外の人物で、静も元彼の小澤貴宏だ。メーカーの広報部から大手広告代理店にヘッドハンティングされたらしい彼から連絡があったのは先週のことだ。
メーカーからはまだ信頼もあって新製品の担当をしているらしい。
「この間の電話の話に関するから、来いと云ったのよ」
収録ブースで楽しそう歌う千帆から視線を外すことなく、静は云う。
「とりあえず、一曲聴いておいて、あとでPVのディスクを渡すから」
とりあえず黙って一曲収録が終るのを待つと、静は、もう一人の担当マネージャー井原にあとよろしくと声をかけて、小澤と一緒にレコーディングスタジオを後にした。
「仕事帰りによってもらって悪かったわね」
「神野の担当じゃなくて、新しい新人の担当ね」
「ええ」
「で、神野との交渉は俺がやれと」
「……やりにくいなら、いい方法があるの」
静は元彼を眼鏡越しに見上げる。
 
「例の仕事、神野じゃなくて、こっちにくれない?」
 
自分で今、どんな顔をしているのか、静は知りたくもなかった。
昼間逢った石渡や高原が見たら、なんていうだろう。
歌恋は怒るだろうか……それとも、呆れるだろうか?
それに……。
 
――――静、大好き。
 
全国規模で、若い女性を虜にするあの声で、あの顔で、静だけに向けてくれた屈託ない笑顔が脳裏によぎった。
胸が締め付けられるように、苦しかった。

そんな物思いに耽っていたからなのだろうか。
スタジオから出ていく時、自分たちの背後に視線を送る人物がいたことに気がつかなかった……。