X'mas LIVE7




「御来場の皆様に申し上げます」

会場内の飲食、カメラや録音器具の持ち込みNGのアナウンスが広がる。
ただ、その声はアナウンス嬢の声ではなくて、神野奏司本人の生声だった。
会場内にいる女性FANの黄色い声が会場内に反響する。
既にTVやPVでの効果が出ているのだ。
神野のルックスに惹かれている女性FAN達は小躍りする。
ステージの上に立ち上がるプレイヤーもそうだけど、ライブは実際に会場内にいる観客にいかにテンションをあげさせて持たせるかも、計算されているようだ。

「まもなく、神野奏司X' mas ライブ開演します」

BGMがイキナリ止まり、会場内の照明が絞り落とされた。
由樹は先にステージに上がっている。
2台のシンセに囲まれている。。
ライブ用の照明に切り換る。
音に反応して、観客が総立ちになった。

拍手の波を引き裂くのはステージの上に現れる、ボーカリストを照らすライトの光。
スタンドマイクを抱えるように、奏司はステージの上から観客を見つめる。

「神野奏司の初ライブ。X' mas 2Days にようこそ」

会場からは奏司の声を叫びあげる黄色い声が飛ぶ。
由樹がキーボードの上に指を載せる。
ご機嫌なJPOP特有のイントロが流れてくる。

「 Step Skip Star――――――!!」

奏司の声に反応して、会場内は手拍子と軽くその場でのジャンプをリズムに会わせて繰り返す。

静はステージの袖から、その様子を見て、これが、やっぱり本物の力だと思う。
歌恋の時もそうだったけれど、奏司のライブにはそれ以上の高揚感がある。
失敗したなと思うのは、もう少し、集客できる会場でもよかったんだということだ。
希少性はあがるけれど、多分、次回のツアーはもっと、舞台美術に凝りたいし、そうなると、チケット代は値上げだ。
このライブは本当に試験的なものなのだと、改めて思う。
5曲目ぐらいまで、静はそうした作り手側からのライブの感想を抱く。
6曲目に入って、客席を見つめた。
10代〜20代の女性が圧倒的に多い。
ステージの上にいる奏司に、熱い視線を送っている。
彼女達はきっと、TVに映る奏司をこうやって、見つめてきているんだと思う。
歌恋の時は、もちろん年齢層は同じだけど、カップルできてくれる客も多かった。
奏司の場合は女性の友人同士できてくれる客が大半だ。
黄色い声に混ざって、「神野―――――!」と野太い声が奏司の耳に届くと、奏司はちゃめっけたぷりに手をあげて、「よう」とか云って、会場内を和ませる。

「今までで、一番のクリスマスイブだ。すげえ、サイコー」

ステージの端から端まで走り回って、踊って、10曲目で汗だく状態だ。
この一曲前に由樹のイントロでインターバルを置いたけれど、もう少し水分補給させればよかったと静は思う。

「去年はバイトで、こういうライブなんて夢みたいだったよ。もちろん彼女もいなくてさ」
「今いるのか?」

バックで由樹がツッコミをいれて、奏司は素早く振りかえる。
その仕草と、表情が見えるステージ前列の子たちはクスクスと笑う。

「まあ、まあ、それは、おいといて。クリスマスイブってやっぱり特別だから。サンタが子供にプレゼントをしてくれるように、このライブ、オレとか由樹さんとかの音楽が、この会場に来ているみんなのプレゼントになればいいなって、思ってる」

ナッテルヨー。

 客席からのそんな声を訊いて、奏司は微笑む。

「プレゼントを運ぶ、サンタのように歌いましょう、 Hurry Holy Day」

のりのいいミディアムナンバー。クリスマスシーズンの某社のCMにも流れている一曲。
1週間前にダウンロード配信したばかりだが、客席からサビの部分の歌声がきこえてくる。
それが終ると。立て続けに激しいロック的な曲が三曲立て続けに流した。
ラストの一曲を閉めると、パーンと舞台ステージから紙ふぶき、客席の天井から小さな白い風船が降りてきた。雪に見たてた演出だ。
風船が客席に届くころには、奏司と由樹、バックミュージシャン数名がステージ上で一礼して裏方に戻ってくる。
汗だくの奏司にタオルと、水分を静は渡す。
会場を見なくても、客席の状態はわかる。
アンコールのウェーブや拍手コールが大きくなる。
由樹が先にステージに向う。
アンコール、ラスト一曲。

スポットライトが中央に、その光の中に彼が立つ。

「marry X'mas eve 。最高のクリスマスイブを、感謝したいんで、アンコールはこの曲を送ります。『 you're my only one heart 』」

ピアノのイントロ、メロウなバラード。
数分前まで熱狂していたファンもこれが最後の曲だとわかっていて、涙ぐんでいる。
最後の曲を訊きながら、静は思う。
奏司が不安になることなんて、何一つだってないのにと――――――――。


アンコールが終わって、ステージから戻ると、スタッフを連れて、会場近くのホテルに移動した。
本日のライブの大まかな反省と明日の打ち会わせをする。
今日はこのホテルに宿泊予定だ。
「静、オレ、ホテルの部屋変更したから」
「?」
「由樹さんがクリスマスプレゼントだって。先に戻るから」
そういうと、打ち合わせを残している静を置いて、さっさとその場を離れる。
だいたいの打ち合わせが終ったのはその20分後だった。
「静ちゃん、コレ奏司のipodじゃないの?」
由樹から直接手渡される。
「……」
確かにこれは奏司のものだ。
「一応、ライブの曲順で入ってるし、うるさいから渡しておいて」
「……はあ」
「明日は打ち上げだから、奏司にも伝えておいてね、そういうの苦手っぽいし」
静は頷く。
「あいつ、今日はスイートに泊まる予定だから、彼女と過ごすらしいんで、さっさと渡して来たほうが良いかも」
静の顔面が蒼白になり、高めのヒールで足早にその場を去るのを見て、由樹はニヤリとほくそえんだ。
その横で見てい高原は深く溜息をつく。
「わかってやってるんでしょ?」
高原の言葉に由樹は鼻歌でしーらーなーいよーと返した。



静がスイートの部屋に入ると、シャワーを浴び終えましたというバスタオルを腰に巻いたままの奏司がスイートの廊下を横切っていた。
「奏司」
「静――――?」
「彼女は?」
「へ?」
「彼女と過ごすから、由樹さんに頼んでこの部屋にしてもらったって聞いたから、まだきてないの?」
「……」
「何?」
「オレの彼女はアンタ以外に誰がいるの。静とは違うよ」
「……どういうこと?」
「元彼と会ってたでしょ」
「……」
「静?」
「云わせてもらうけれど」
「何?」
「私の恋人はキミ以外の誰だと?」
奏司はバーカウンターのシャンパンの栓を抜いた。
ポンとガスが弾ける軽快な音が室内に響く。
透明な金色の泡をグラスに注いで、一つを静に渡す。
「クリスマスイブが誕生日なオレに、その言葉が嘘じゃないって信じさせてよ」
静は硬質な表情を崩して、笑顔で奏司を見上げて、彼の持つグラスの縁と自分のグラスを合わせる。
云いたい言葉はたくさんあるけれど効果的な一言を、静は云う。
無意識に。

「愛してる」





END