X'mas LIVE5




「久々にブランチでもどうだ?」
元彼からの電話に、静はNOとその場で答えようとした。
が、相手も静の動向を察している。
「まあ。ビジネスブランチって程ではないけど、仕事の話も含めて」
「仕事?」
「ウチの新製品とキミの担当している彼とのと云えば、察してくれる?」
上手い切りだし方だ。
彼はそれ以上は何も云わない。
「電話でもなんだし、会って話したい」
「明日がライブなの」
「じゃあ、前日の今日なら、仕事の話しをつけてもいいわけだ」
違う。
それだけ忙しいことを察しろと静は云いたかったのだが、この彼には通用しない。
ここで渋ると上司の藤井経由で何を吹き込んでくるかわからないところがある。
仕事の話しにかこつけて、静とはプライベートの付き合いもあるなんて、上手いことを臭わせてきたら、藤井が(高遠は遠からず寿退社の可能性もあるから、仕事を変えよう)なんて言い出さないとも限らない。
そこは勘弁してほしい。
奏司がごねる様子が目に浮かぶようだが、ここはもう仕方がない。
何とか時間をつくることにする。
最終リハーサルに行かないマネージャーなんて訊いたことが無いと、ぼやきながら。



「手短に、頼むわ」
指定されたカフェにつくと、静は云う。
目の前の男は休日仕様の茶色のジャケット。シャツにパンツ。
ちなみに静はスーツだ。このままなんとか話を切り上げたら速攻でリハに向かう気だ。
片手で携帯メールを打つ。メール相手は奏司じゃない。代行にリハへ行ってもらっている後輩の井原へだった。
「静……」
「忙しいのをわかっていて呼び出したのは、誰?」
「御機嫌斜めだね、恋人だっていうのに」
「元、恋人。そんなことより仕事の話しを」
「仕事ね……いつまで続けるんだ?」
静は送信ボタンを押して、顔を上げる。
「……キミもいい年だし、そろそろ、辞めてもいいんじゃないか?」
「辞めてどうするの?」
「結婚する」
「……誰と?」
「例えば、俺と」
「結婚が誰とでも気軽にしていいものならば別にOKだけど。でも、あいにくそういうものじゃない。まして、貴宏。貴方とは終ってる」
彼ははあと溜息をつく。
「なんだ、フリーじゃないんだ」
「……」
「フリーだったらチャンスだと思ったんだけどな」
「仕事の話がないなら、コレで帰らせてもらってもいいかしら?」
彼はやれやれという表情になる。
「仕事の話はあるよ。先日新製品ができたけれど、それ、また春に新しいモデルを出すんだ。CMの予定はあるけれど、詳細はまだ未定。BGMにキミが担当している神野を推してもいいかなと」
「そう」
「デジタルカメラのニューモデル。年々軽量化が進んでいるけれど、今回のシリーズは、往年のカメラマニアに向けての正統派な外観、だけどデジタルならではの高画質にも力を入れている。
春のモデルは今期シリーズよりも外観の重厚さはそのままながらも、操作性の良さを打ち出していく予定だ。これは先日プレス用に配布したニュースリリースだけど、よかったらどうぞ」
彼はA4サイズの茶封筒を静に渡す。
「……ありがとう。でも、候補はウチだけじゃないんでしょ?」
「まあね」
ウェイトレスがコーヒーを静と彼の前に置く。
「……いつまでも続かないよ、あの子じゃ」
静にシュガーとミルクを渡して、彼はブラックのままコーヒーを口にする。
「……」
「彼だろ? 恋人。まだ若いのに、静を選ぶあたりは見る目がいいのわかるけれど、背伸びしすぎ。それに、キミも続かないのはわかってるんじゃないのか?」
静は目を閉じる。
「先のことを考えて恋愛はするものじゃないわね」
「彼のような若さならそれもいいだろうけれど、妙齢のキミがそれを選ぶのは、どうかと思うけど?」
「……」
「時間を食いつぶす気? 若すぎるんだ、相手はのぼせてるだけだ」
「体験談?」
静はクスリと笑う。
「後悔なんてしないわよ、自分で選んでいるから、貴方は私を引き回したいようだけど、残念ね、貴方にはその魅力がないの」
「確かに彼は万人を惹きつけるだろうけれどね。キミを幸せにできるかな」
「結婚して家庭を持つことが幸せの定義とでも? 私がをそれを幸せだと、思うわけ?」
「……」
「貴方の考える幸せは私が思う幸せとは違うのよ。だから別れたんだわ。忘れたの?」
「……幸せにしたい気持ちはあるんだけどね」
「ごめんなさい。それは私が選択していくことなの」
「そうだね」
「貴方の理想と会うタイプには意外と身近にいるのかもよ」
「そうかもしれない」
静は伝票を持って立ち上がる。
「払うよ」
「いいの、ささやかな手ギレ金よ」
彼はおかしそうにクスクス笑う。
「静、やっぱりキミは最高だ」
「ありがとう。良く云われるわ」
「彼に?」
元彼の冷やかすような口調にも、静は余裕で答える。
「そうね」
「御馳走様」

彼のその言葉は、静の惚気に対してなのか、コーヒー代に対してかかるのか、静は一瞬気になった。
だけど、問いただす気は無いので、そのまま背を向けて歩き出した。