X'mas LIVE3




対談も終了。このあとは待ちに待ったライブリハーサルだ。
雑誌関係者と対談相手の五十嵐とそのマネージャーに、そつなく挨拶をして、ラウンジを出たところだった。

「静? 静だろ?」

廊下を歩き出した静に声をかけてくる男。
奏司と肩を並べていた静は足をとめて振り返る。
奏司も足を止めて振りかえる。
スーツ姿の男性が立っている。奏司よりほんの少し身長が低いくらい。

「……貴宏?」

男性は連れの人間に先にラウンジに入っててと視線で促す。

「久しぶりだな―――――元気そうで」
「……貴方も」

静の女性にしては低い声が答える。

「なんだ、仕事かあ、せっかくだからお茶でも飲みたかったのに」
「そちらも、仕事でしょ?」
「ああ、新製品紹介のプレス会見」
「そう。お仕事順調そうでなによりね」

静の表情に出ない顔をものともしないで、男は続ける。

「静ちょっと」

もっと近くにきてと、手招きする。
静は自動車のキーを奏司に渡して、先に駐車場に行くようにと促し、雑誌関係のスタッフと対談相手の五十嵐に本日はありがとうございましたと、一礼して、手招きする男の方に歩いていく。

――――――何、それ! 何、そいつ!

奏司一人だけがその場を離れようとしない。背を向けていても、静にはわかったらしく、奏司に促す。
「すぐに、戻るから、先に行きなさい」
手にする自動車のキーを強く握り締めて、静を呼びつける男を睨む。
奏司の視線に気がついたらしい男のほうは、それに怯むことなく、静ににこやかに視線を向けた。
「奏司」
背中を向けたまま静は奏司を窘めると、奏司は静に背を向けて、地下駐車場まで足を向けた。

「すごいなアレ。今年デビューした神野だろ?」
奏司の後姿を男は見送りながら呟く。
静もようやく、奏司の後ろ姿を振りかえって見つめる。
「忙しそうだな……あんなヤツの担当じゃ」
「やりがいはあるけれど」
「仕事の虫だなあ、相変わらず―――――――プライベートは無しか。それとも、公私混同で充実か?」
男の言葉に静は何も答えない。
相手をわかっているから、反応を極力最小限にしておこうと静は思った。
何か云ったら、この男の云う「公私混同で充実」が事実であると露呈してしまうからだ。
「今月、時間をつくれないか? また、逢いたい」
「年末は仕事が押しているのは知ってるわよね? 無理よ」
「でも彼、確か未成年だろ? それが理由で紅白も辞退したって?」
労働時間は制限されているから、静も歌恋を担当していた時よりは時間が作れるだろうというわけだ。
「俺とは、もう逢いたくない?」
「……」
嫌いで別れたわけではない、元彼からの誘い。
はっきり断るいい理由を考えめぐらしていると、貴宏は手を出す。
「名刺」
「あ、ああ、ごめんなさい」
静も自分の名刺を取り出す。
歌恋の担当の時とは違った肩書きに連絡先だ。それを受け取ると彼は云う。
「じゃあ、連絡するから」
「え?」
「またな」
名刺を交換して男はティーラウンジに足を向けた。
あっさりとした態度。
静の反応のなさを理解した上で、次回の機会を臭わせて、ひとまずは引く。
彼の、こういう心理戦にいつも引っかかっていたことを思い出す。
こうなってしまったら、とりあえず、自分も引くしかない。再度の連絡はあったとしても、対応できるかどうかわからないだろうと静は思った。



駐車場に停めている車に戻ると、奏司は助手席に座っていた。
既にキーをさし込んでエンジンを温めている。
「……奏司……」
「後部座席には座らないからね」
シートをギリギリまでずらさないと、奏司の長い脚は助手席では邪魔とばかりに、投げ出している。
腕を組んでふてくされたような表情。
そんな彼を見て、静は自然と顔を綻ばせる。
彼のこういうところが、素直で愛しく思う。
普通、男がこんな態度をとれば鬱陶しいの一言だが、彼がやると可愛いとさえ思えてしまうから不思議だ。
「誰、アレ。てか絶対っ元彼だよねっ!? そーだよねっ!?」
「そうね」
シートの背もたれから背中を離して、運転席に座る静左手首を掴む。
「奏司……」
「オレ……静の……恋人だよね」
キスだって、それ以上のことだって、1度はしたのに、それ以降は全然そんな素振りも見せないし、彼女が――――それを拒んでいるようにも見える。
彼女の気持ちを知りたい。
確認したいから、言葉にして、訊いてみる。
それなのに、彼女は云うのだ。
「……今は、仕事中よ」
そんな言葉じゃなくて、はぐらかすようにあしらうように子供を宥めるようにでも――――いいから、「そう、恋人」と云って欲しいのに、彼女は云わない。
それが高遠静なんだと、奏司は理解してるけれど、寂しくなる。
奏司は、静の身体を引き寄せて、彼女の唇にキスをする。
拒否をしないでと願いながら。