HONEYMOON3




「頂きマース」
奏司は、ダイニングテーブルにつく。
一応、なんとか形になった夕食は和食。
たけのこの炊き込み御飯、カツオの刺身に味噌汁。香の物に茶碗蒸。
多分料理が不慣れな彼女にしては、きっとものすごく頑張ったにちがいないと、奏司は思う。
「まずかったら、残していいから」
「おいしいよ、あんまり料理しない人にしては、上出来」
「……」
「ムリしなくてもいいよ、オレも手伝うから、早く帰れた日とか、週末とか、2人で料理しようね。そういうのも、すごく楽しみしてきたんだ」
茶碗蒸は好きだけど、出汁と卵の配分がいまいち、固め。
でも彼女らしいなと思う。
「卵、多すぎたかも」
「静、ちゃんと食べて」
「……学校、どうだった?」
「うん。子供、可愛かったよ。生意気そうなカンジ」
奏司がいうと、静はクスッと笑う。
「何?」
「奏司に生意気云われる小学生を想像したら、笑えた」
「ひでえ。あ、ね、職員室にね、荻島選手の写真とサイン、飾ってあったよ」
「荻島選手?」
「うん、ほら、去年メジャーに行ったピッチャーの荻島秀晴選手」
「へえ」
「荻島選手の母校だったんだね、驚いたよ」
「ああ、下町生まれの下町育ちとか……スポーツニュースかなんかのインタビューで見たけれど、すごい偶然ね」
「そう。小学校なのに、校庭広くてさ、荒川土手も近いし。駅前は再開発でマンションやビルとか立ってるけど、1キロも離れると、住宅地なんだよね。道路広いし……都内23区って気がしなかったな」
「そう」
「とにかく、今回の実習は外せないから、オフにしてくれてありがとう」
「どういたしまして。ただし夏休みはないわよ」
「うん、わかってる」
「……おかわりは?」
「お願いシマス」
これまで、一緒に仕事をして、2人で食事をすることもあったけれど、、若いオトコノコの食欲はちょっとすごいなと思う。
みているだけで、静は満腹感を抱く。
だから、今回の食事も、奏司が食べる分の量をどうやって配分していいかわからなかった。
とりあえず、ネットでレシピを開いた4人分を3人分の量に計算し直して作ってみたのだが……。
今日のところはそれでなんとかなったみたいだ。
あとで歌恋にいろいろと訊いておこうと、静は思う。
「静、食器、シンクに片付けたら、お風呂入れば? オレが洗っておくから」
「でも」
「いいから。割らないように気をつけるって、ね、パソコン貸して? レポートまとめておきたいから」
「……そう? じゃあ、お願いしようかな」
彼女は自分と、奏司の空いた食器をシンクに片付けて、バスルームへ歩いていった。
歩いていくその背後で、奏司が鼻歌を歌いながら、食器を洗い始める。
この部屋で、彼の鼻歌を聞くなんて今まで無かったことだ。
移動する車の中で、お気に入りの曲がカーラジオから流れたら、鼻歌交じりに歌うことはよくあるけれど、この他人を入れない部屋で、彼の歌が聞こえてくると不思議な感じがした。



「奏司、スーツ、どれ着ていくの?」
タオルで乱暴に髪を拭きながら、リビングに戻る。
静のノートPCでレポートを作っている奏司はその静の仕草に眉間に皺を寄せた。
「だめ」
「何が?」
「髪痛むよ、それ」
静は手を止めて、タオルを首からかけるだけにした。
「で、スーツは?」
「薄いグレーのヤツ」
「ネクタイは?」
「なんでもいよ、おまかせします。ありがとね、私物整理してくれてたんだ」
「何、自分でやるつもりだった? 時間がないでしょ」
「うん。だから助かった。ありがと」
静は冷蔵庫を空けて、ビールを取り出して、プルトップを引いた。
一口、口に含むと、独特の苦味と発泡する感触が口の中に広がる。
奏司はじっと、ダイニングテーブル越しに静を見る。
「何? いる?」
奏司が半年前に二十歳になってから、アルコールに対して意見はしない。もちろん、呑みすぎにならないように注意はする。
「いい、我慢する」
「そう?」
「でも、炭酸欲しくなった。静、美味しそうに呑むし」
静は冷蔵庫からジンジャエールを取り出して、グラスに半分、そして、今開けたビールを半分、泡を立てずに注いで、奏司の前に出す。
「何、これ」
「シャンディーガフ」
奏司は一口、口にすると静を見上げる。
「何、コレ美味くない? 何コレ!」
「ビールとジンジャエールのハーフ&ハーフ。カクテルの一つ」
「……」
「グラスを冷やした方がもっと美味しくなる」

そう説明し、夕刊を片手にリビングのソファに向おうとするけれど、グイっと腕を掴まえられて、引き寄せられて、奏司は自分の膝の上に静を座らせる。
静はびっくりして、奏司を見ると、チョンと静の唇に彼が軽くキスをする。
瞬間、静は慌てたように静は俯く。

「至近距離でスッピンの自分に今、気がついた」

小さい声で静が呟く。

「もともとメイク薄い人でしょ? 変わらないよ。後少しで終るから、先にオヤスミしてて?」
「……メイク薄い……化粧へたってこと?」
「地が綺麗ってこと。先に寝ておかないとヤバイよ?」
「?」
「現在22:13分。オレがこの部屋にきて、3時間42分経過」
「……」
「かなり紳士じゃない? ようやくキスだけなんだよ。忍耐力の限界でコレ呑んじゃうと襲いかかりそう」
静はスッピンだということも一瞬忘れて、彼の顔を見た。