HONEYMOON2




玄関ドアで、もう一度、チャイムが鳴る。
静はキッチンのIHクッキングヒーターをOFFにする。
廊下を抜けて、玄関ドアの鍵を開けて、ドアノヴを押すと、ドアの外には彼が立っている。
高い身長にリクルートスーツ、伊達眼鏡はフレ−ムが太くて黒。レンズの型がスクエアな眼鏡。
Gパンにシャツの普段着を見なれているから、きちんとしたスーツはなんだか違和感がある。
そして髪も。
昨日、奏司のヘアメイクを担当している圭太から、直接、静の携帯の方に連絡があった。
電話をしてきた圭太も慌てていて。
「奏司クンが、イキナリ当日に電話で、『閉店間際で云いから、髪切って』って予約入ったのよ〜いいのかしら〜?」
彼のオネエ言葉の声が、なかりうわずっていた。
静は1ヶ月オフになっているから構わない、本人の好きにさせてと云っておいた。
圭太も神野奏司フリークだから、カットをして、奏司が退店したあと、静の方にもういちど、電話を入れてくれた。ちょっと短くしたけど、ツアー開始にはまたなんとかできる程度には伸びるからと。彼の腕を全面的に信頼しているので、静はありがとうと云って電話を終わらせたのだが……。

やはり少し、短いと、普段よりもほんの少し大人びて見える。

「ただいま、静」

静は奏司から鞄を預かる。
彼は静を抱きしめる。確かにこれは、彼だ。
印象がほんの少し違うだけで別人に見える。
カメラマンがノリノリで撮影するのもわかる気がする。
ギュっと抱きしめられた瞬間、彼の背後のドアが閉まる。

「……」
「あれ?」
「何?」
「なんでそうなの? ここは一つ名科白を!」
「何が?」
「だから、新婚さんみたいに、『お帰りダーリン、お風呂にする? 食事にする? それともあ、た、し―――――……』」

そこまで奏司が云うと、静の細い指がビシィと、奏司の眉間にデコピンをお見舞いする。
 
「帰れ」
「やだ、痛い、静、痛いよ。だって、云われてみたいじゃん、ちょっとときめかない?」
「何がときめき? 帰りなさい」

眉間に思いっきり皺が寄っている。
重たい、放しなさいと呟く。

「えー、昨日、荷物送ったの届いたって云ってたじゃん」

届いている。
昨日、オフ1日目、午後からオフィスへ行くことは奏司にも前々から伝えていた。
そこへ午前の第1便で宅配便が届いた。
段ボール一箱。
依頼人は神野奏司。
箱の中身は、ほとんどが服と、生活用品。
明日から教育実習、実家よりも、静のマンションの方が交通の便がいいから、1ヶ月間下宿させてと電話で云われた時は言葉を失った。



『1ヶ月だけだから、段ボール一箱なんじゃん』
『だけど』
『何? オレがなあなあで、ずるずると、静のマンションにいつくとでも?』
『そうじゃないの?』
『静がそういうのいやなの、知ってるよ。でも、1ヶ月オフだよ、会える機会は少なくなるじゃん』
『それは勉強だし、しかたないでしょ?』
『オレはいやなの、静のマンションの方が実習先に近いんだもん』
『同じ都内でしょ』
『そんなに、オレと一緒にいたくない?』
『……』
『うん?』
『……だから……その、暮したことないし……』
『何が?』
『だから、恋人と』

そこまで静が云うと、これが電話での会話で、今、目の前に彼女がいないのが残念だと奏司は悔しがった。
絶対、絶対彼女は照れてるし、きっと可愛い。

『だから、1ヶ月だけでいいから、一緒に暮らそう?』
『……』
『オレも恋人とずっと一緒なんて、初めてだよ。すごく楽しみ』
『ちゃんと、実習するのよ?』
『OK? ほんと? いいの?』
『荷物送っておいて、いいも悪いもないでしょ?』



それが昨日のこと。
もう少しねばればよかった、甘かったかなとも思ったけれど、どこかやはり気持ちは浮き立っていた。
期間限定1ヶ月の同居生活。……奏司に云わせると「同棲生活と云って、色気があっていいじゃーん」とのことだが、ともあれ。こうして今日を迎えたわけである。
今日は彼を後見している叔父夫婦の家から実習先へ向い、その足でこのマンションに彼はきたのだ。

「先に、お風呂に入っちゃいなさい」

そういって、キッチンに向う彼女。
表情が見えない後姿なのに、実は物凄く照れていることを、奏司は気がついていた。
バスルームに入ると、ちゃんと、タオルと着替えを用意してある。

「静、一緒に入る?」

ヒョイとバスルームのドアからそう声をかえると、フェイスタオルを投げつけられた。