ENDLESS SONG18




「昨日は、御迷惑をおかけしました」
スタジオで由樹の姿を見ると、静はまず彼に挨拶をして、その言葉を云った。
由樹がニッコリと笑う。
「あの人もそーとー女グセ悪いみたいでさー、食べられちゃう前でよかったねえ」
そういう由樹に横でマネージャーの高原が咳払いする。
人のことは云えないだろうとツッコミを入れたいのだ。
「何? 高原、僕の場合は相手を厳選するよ。もちろんムリヤリなんてないし、合意です」
「騙されてるとしか思えない」
「相手はその瞬間は、マジなんだからいいの」
「お前もそーとー女の敵だな。ホントに、大丈夫だった? 高遠さん」
「はい」
「静サン」
「?」
「目薬、持ってて」
目薬をつけ終わって、静にそれを渡す。

「じゃ、撮影入りマース」
「よろしくおねがいしまーす」

スタッフの声がスタジオ内に響いた。
スタジオの隅で、撮影の様子を見ていることにする。
由樹のマネージャーの高原も、静の隣りに立って、撮影に目を向ける。

「ゲンキンなヤツだなー」
「?」
「奏司だよ、昨日と全然違う」
「……」
「演技なんか無理と喚いて、監督に切れられて、あわや乱闘寸前の人物とは思えない」

多分監督にとりなしたのは、この高原と由樹だろう。

「申し訳ありません」
「高遠さんのせいじゃないでしょ」
「管理が行き届かないのは私の責任です」
「ああやっぱり」
「え?」
「由樹が、高遠さんなら、そういうだろうって奏司に云って聞かせたんだよ」
「……」
「普通スタジオでモデルの美女との絡みなら、ちょっとラッキーな気持ちぐらいはあるんじゃないかと思ったのに、もう全然ダメダメ」

ドキリとする。
確かにこれではそんなシーン撮りも予定にあった。
仕事だって、わかっている。
PVは曲のイメージそして、ターゲットとしているリスナーに魅せていく意味合いも。
モデルや、タレントとの絡みも出て来るし、静もそれは承知していた。
なのに。

――――こうやって動揺するのは、やっぱりよくない。

仕事なのだから。

――――意外と独占欲も、嫉妬も深いみたいだ……。

それは、彼だからだ。
今までの恋人なら、例え、相手に浮気の兆候が見えても。
浮気ではなく小さな誤解にしても、例えば、付き合っている彼が、会社の飲み会で後輩の女性を送り届け、また、その際にナニかあったかもしれない……なんて事実を知ることになったとしても、仕事に没頭していけばよかった。

――――なんて狭量だろう、だめだ。本当に。

モニタに映る、奏司の表情を見る。
監督の指示は『恋人と一緒の時みたいに』だ。
昨日はダメ出しされたのに、今日は嘘のように撮影が進むなと、スタッフの誰もが感じているようだ。
現場の状態を見ていればわかる。
モデルの彼女を背後から抱きしめて、耳元で何かを囁きかける。
歌詞のサビのフレーズと同じ言葉だということは、モニタから、彼の唇の動きでわかる。

「はい、カット」

監督の声に、スタジオ内の緊張が一瞬にして解けた。

「なんだよ、神野、やればできるだろうが、昨日の内にやってくれよ」

監督は呆れつつ、奏司に声をかける。

「スミマセン」

昨日くってかかった態度とは全然違う。
あっさりと謝罪の言葉を洩らす奏司に、監督は苦笑する。

「じゃ、この調子でサクサク進めるぞ」
「はい」

監督に笑顔で答えて、監督もちょっと驚いているようだ。
昨日とはやはり違う。
笑顔で「はい」なんて想像できなかったらしい。
スタジオ内の雰囲気は良くて、撮影時間が押しても、みんな機嫌よくその日の仕事を終えることができた。



「え、静は?」
「小学生じゃないんだから、一人でタクシーぐらい乗れるでしょ?」
「そうじゃなくて、やっぱりまだ顔色悪い」
奏司の指が、静の頬の上に乗る。
「……気のせいでしょ、大丈夫。やってください」
運転手にそう云うと、身体を離して、タクシーの後部座席のドアは自動的に閉まった。
窓ガラス越しに奏司が何か云いたそうな表情をしている。
奏司を見送って、静は溜息をついた。

「静ちゃん、乗ってく? オフィスに戻る?」
「……お願いします」

本当は、今日は直帰をするはずだった。
そこで藤井に退職届けを出すのもいいだろうと思っていたので、静は由樹と高原の車に乗ることにした。

「由樹さん」
「何?」
「奏司のマネージャーに推したのは由樹さんですか?」
「うん『クルス・マリア』が移籍するなら、キミにも会社辞められちゃうかも……と心配だったけれど、辞めずに残ってくれるって聞いて、ラッキーでした」
「そうですか」
「何?」
「じゃ、人事について由樹さんに御相談しても?」
「おや?」
キョトンと小首を傾げる。
「辞めるって?」
「できれば」
「うーん……昨日ので、びびったわけでもないよねえ」
「はい、もちろん。理由は別です」
「ほう、云ってみて」

一瞬詰まる。が、スルっと言葉がでていた。

「やはり歌恋との仕事をやってみたいんです」
「嘘」
「……」
「確かに『クルス・マリア』はいいよね、楽曲もさ、ボーカルも、でも、僕の曲も奏司の声もいいでしょ? レーベル変えても絶対僕等の方が売れるよ」
「そうですね、実際売れてます。やりがいもありますが……」
「退職願いはまだ出さないで、よく考えて、この話があったことは、僕で止めておくから」
「……」
「給料や待遇についても見直しておくし」

それが原因ではない。
個人的な感情なので、静は心苦しくなる。

「奏司には云った?」

静は石のように固まってしまった。